第5話 決闘

 俺はカイエを出て少し歩いた場所にある平野でアルテナと対峙していた。

 俺の右手にはバスタードソードが握られている。

 決闘をしようにも得物がないということでわざわざ武器屋でアルテナが買ってきた。返金はいらないというからありがたく受け取った。


 右手から伝わる久しい感触に口もとがわずかに緩む。

 俺だって元々は好きで戦っていたんだ。剣を持つと心が躍るくらいの熱はある。

 二年前の当時持っていた愛剣と比べるとダイヤと石炭ほどの差はあるが、簡単には壊れない程度には丈夫なつくりだ。


「準備はいいですか?」


「まあ、な」


 対するアルテナは自前の片手剣を所持していた。

 剣を扱う職業ということだろう。俺より一回り小さい得物を見ると、フットワーク重視であることがうかがえる。

 レインもそうだった。火力特化の俺は俊敏な相手とは相性が悪いが、そこは最上級冒険者としての技術や感でなんとかする。


「では――」


 アルテナが空に向けて小石を投げる。

 小石が地面に落ちた時が開戦の合図だ。


 空気が変わる。

 どちらともなく臨戦態勢に入った。

 この緊張感、かなり懐かしい。生きてるって感じがする。


 そして小石が地面にトンッと衝突する音が鳴った時、


「ふ――」


 アルテナが動いた。

 こちらへ向けて一直線に駆け抜け、数メートルの距離を一瞬にして詰めてくる。

 速い。思っていたよりもずっと。まずは様子見との姿勢をとっていなければ反応できなかっただろう。


 瞬く間に肉薄され、切り上げの一撃をなんとか剣で受ける。


「意外に強いな、やっぱ!」


 つばぜり合いは拮抗していた。

 小細工の気配はない。純粋な膂力の勝負だ。

 この感じから察するにアルテナの職業は『剣士』で間違いなさそうだ。

 単純な身体能力強化、剣技熟練速度向上。最もありふれているが最も扱いやすい職業だ。


「調子に……乗るなよ!」


 力比べのつもりか一向に退く気配のないアルテナに痺れを切らした俺は、さっそく聖なる力を使う。剣に光が集束し、一点集中の暴力となって相手を叩き潰す。

 流石に分が悪いと判断したか、アルテナは後方へ跳んで回避した。


 アルテナが悪いわけではないが、『剣士』というだけでレインの顔がチラつく。

 ここからの戦いは手加減できそうになかった。


「今度はこっちからいくぞ」


 地面を抉るようにして蹴りつけ、瞬間的な超速力でアルテナに接近する。

 俺の方も小細工はない。火力に優れた『聖剣士』といえど戦闘スタイルは個人によって違う。俺はその中でも馬鹿力に特化した脳筋だ。手練手管なんて眼中にはない。


 光を帯びた剣と空気との甲高い擦過音が響く。

 横凪ぎに振り切ると、アルテナはまたも後退して紙一重で身をかわす。

 すかさず追撃をする。距離を一定に保ち、絶え間なく攻撃を繰り返す。しかしアルテナは全てをスレスレで避ける。


「チッ」


 舌打ちをこぼしてしまう。

 剣が当たらない不満もあるが、それだけではない。

 アルテナはかわしながら俺の剣筋を視線で追っている。直撃間近まで動かずとも観察できるというある種の余裕だろう。

 俺の剣は大雑把だ。幼い頃から技術でレインに及ばなかった俺が唯一アイツに勝てた要素が火力だった。だから俺は『聖剣士』としての圧倒的な火力のみに集中した。

 魔物との戦いはパーティーで動くことが前提だから問題ないが、一対一の対人戦ではあまりに隙が大きすぎる。相手の実力が近ければ近いほどに俺の弱点は顕著に現れてしまう。


「逃げ回るだけか!?」


 苛立ちと挑発を込めてアルテナに怒号を飛ばす。

 アルテナは意に介さなかった。

 このまま続けても埒が明かない。少し趣向を凝らす必要がある。


「小細工、使うぞ」


「どうぞ」


 平坦なアルテナの声。

 逃げるだけでも相当に動いたというのにまだまだ余裕そうだ。


 俺は剣を地面に叩きつける。光が弾けて地が抉れ、前方に向かって礫が飛んでいく。

 対人戦を想定した俺の数少ない技だ。土煙りによって視界を封じつつ、相手に回避せざるを得ない状況を押し付ける。

 アルテナが横へ跳ぶのを確認してから接近し、懐には迫らず地面を巻き込みながら切り上げる。大量の土が殺傷力をもってアルテナを襲い、回避できない絶妙な距離であるがゆえに受けるしかない。


「っ!」


「魔法使いや防衛系の職業ならどうということはないが、お前には効くだろ」


 咄嗟に腕で顔を覆って衝撃で吹き飛ぶアルテナ。

 ようやく苦しそうな表情を見れた。少しスカッとする。


 俺は好機を逃さない。

 一気に畳み掛けて行動不能にする。

 多少目に土が入ったのか片目を閉じてこちらを見据えるアルテナに向かって矢のように疾走する。


 またかわすだろう。

 その隙を見て足をかけて転倒させる。そして剣を突き付けて終わりだ。

 勝利のビジョンが見えた。この闘いは勝てる!


 回避を誘うために上段から剣を振る。

 どっちだ。右か、左か、あるいは後ろか――――


「――な、」


 俺は目を見開いた。

 アルテナは俺の予想の外にある行動をとったのだ。

 両手に伝わる久しく感じる衝撃と痺れ。激しい金属音が鼓膜を叩く。


 剣身に宿った聖なる力の残滓が散り、それに混じって漆黒の飛沫が視界に収まる。


「黒い、光……!?」


 俺の剣を真っ向から受け止めたアルテナの片手剣には、俺の聖なる力とは真逆の色を持った光が纏わりついていた。

 見たこともない光景に呆気にとられていると、アルテナは俺の剣を力ずくで押し返してくる。

 俺はハッとして迎撃に出る。


 先ほどの逃げ腰とは一転。

 とたんに攻勢に出たアルテナは片手剣特有の素早い剣裁きでこちらを追い詰めてくる。

 俺はそれに両手を酷使することで対応し、幾度となく剣戟の火花が散る。


 バカな。

 俺の心中はその一言だった。

 『聖剣士』としての強大な膂力と神聖による火力ブーストに対して正面から対抗し、むしろ善戦できるなんて信じられない。


「お前、『剣士』じゃなかったのか!?」


「私がそんなことをいいましたか」


「言ってないけども!」


 もはや会話をする余裕もない。

 ほぼ同等の力を幾度もぶつけ合ったことで安物のバスタードソードも限界に近かった。


 加えて相手が相手だ。

 素早い。巧い。力強い。もはや防戦を維持するのが精一杯だった。

 このままでは押し負ける。


 思い出す。

 レインあいつの剣を。

 俺が職業に目覚めてからは正面から打ち合うことはなかくなったが、それ以前の稽古では俺はいつも防戦一方だった。

 俺には決定的に剣の才能が欠けていた。今は『聖剣士』という職業のおかげで辛うじて剣士を名乗れているが、それがなければただ愚直に剣を振り回している野蛮人だ。俺は本質的には剣士ではない。


 職業を手にしてやっと対等以上になれた。

 やっと勝てたんだ。

 レインを脱退させた時、俺は初めて一対一でアイツに勝った。

 俺は、勝ちたかったんだ。剣でも、恋愛でも。なのに――


「ふざけんなッ!!」


 俺の怒りに呼応するようにバスタードソードの剣身から白金色の光がかつてないほどに噴出する。


「どいつもこいつも俺をコケにしやがって!

 俺だって努力してんだよ! 必死に考えてんだ!

 お前たちみたいに才能に恵まれた人間に正攻法で勝てるわけがない。『聖剣士』であることが俺の唯一の誇りだったのに、それすら踏みにじりやがって!」


 剣が悲鳴を上げているのがわかる。

 だがもういい。どうせ使い捨てだ。全力全霊の一撃で相手を粉砕できれば何でもいい!


「ぶっ殺す――!」


 肉体への負荷もいとわない。

 脚の筋肉がはち切れる勢いで踏み込み、音速に迫る速度でアルテナに突撃する。

 剣筋は単純な上段の踏み込みによる一刀両断。もっとも力みやすく火力が高い。


 険しい顔をするアルテナも片手剣から漆黒の光を放出させる。

 この女はこれでも正面から打ち合うつもりだ。それがなおさら俺のプライドに触れた。

 口約束の事前ルールも忘れ、沸騰した頭のまま剣を振り下ろす。同時にアルテナも剣を振り上げる。

 かつて感じたことのないほどの衝撃が俺の全身を襲う。


 そして、一閃の残光が宙を舞った。

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