第4話 冒険者ギルド
「…………」
「…………」
カイエにある冒険者ギルド南口支店。
俺は今、訝しげに睨んでくる受付嬢と無言のやり取りをしていた。
アルテナの言葉を信じるわけじゃないが、知らぬうちに命を狙われているとなれば無視もできない。
酒がなければ眠ることもできないから夜道を彷徨い歩き、早朝の冒険者ギルドの窓口が開いた直後に足を運んだわけだが。
やはりというか、本人確認の段階で詰んだ。
「クリス・アルバートさん……流石にこれは笑えませんよ」
「なにがだよ。言っとくけどな、そのライセンスは本物だぞ。盗品でもない。今はこんな格好だが、それなりに整えりゃ……」
「見た目だけではありません。カイエでのあなたの評判、あなた自身も知らないわけではないですよね。酒場に入り浸って路上で寝て過ごすような浮浪者が最上級冒険者だと?」
「人生何があるかわかんねえだろ。二年だぞ? 頼むよ、俺は情報が欲しいだけなんだ。少しくらい開示してくれても罰は当たんねえって」
思いだしたような愛想笑いを浮かべて懇願してみると、険しい顔の受付嬢もニッコリと微笑む。
自画自賛になるが俺はイケメンだ。二年前は多くの女性から言い寄られた。俺は一途だから見向きもしなかったが、見た目には自信がある。
これは好感触!
「なわけねえだろ、死ねオッサン」
「は?」
ライセンスを突き返された俺は、職員に捕まり外へ放り出された。
「おい! せめて本部にかけあえよ! 印象できめつけんじゃねえ!」
「お帰りください」
「まともに仕事する気あんのか? こっちは冒険者だっつってんだぞ」
「お帰りください」
猿の一つ覚えみたいに同じ言葉を繰り返す職員に嫌気がさし、俺は舌打ちをこぼして踵を返す。
らしくないことをしようとした自分がバカみたいだ。
この様子では西口支部もダメだろう。どうするか……。
「お困りですか?」
「うわ、お前……いつから」
「あなたが南口支部に入ったところは確認しました」
冒険者ギルドを出てすぐの道。日陰に隠れるように佇んでいたアルテナに思わずヒヤリとする。
まさか昨夜からずっとつけて回っていたわけじゃないよな……? 普通に真顔でやりかねない雰囲気があるから笑えない。
「『聖剣士』の力を使えば証明できたのでは?」
「アホ。ギルドで力を使うのはご法度だろうが」
「食い逃げはいいのに?」
「罪のレベルが違う。あと、食い逃げじゃない。ツケ払いだ」
勘違いされては困る。
こっちはその名目で通しているんだから。
不思議そうに小首を傾げるアルテナ。
日の光のおかげでその輪郭がくっきりと見える。悪くない顔立ちだ。今は幼さが残っているが、将来的には男に困らない女性になるだろう。
俺みたいな人間に拘らずとも、そこここから誘いが絶えないだろうに。どうして『聖剣士』を求めているのかはなはだ疑問だ。
「身形を整えますか? お金ならありますよ」
「……代わりに協力しろとか言う気か?」
「はい」
「もういいよ。どっかいけって。俺もどっかいくから」
隠す気もない誘導に辟易した俺は、アルテナを置いてその場を後にする。
直後、背後からピッタリとくっついて歩く足音。
「どっかいけって言ってんだろ!」
振り向いて怒鳴る。
案の定アルテナは俺の後をついてきていた。
ヤツは話を聞いているのかそうでないのかわからない無表情でこちらを見てくる。無気味というか気持ち悪い。
「私と冒険者パーティーを結成してください」
「絶対イヤだ断固として断るお前が何を言おうがもう聞き入れない」
「あなたは自分の身が心配ではないのですか?
『聖剣士』殺害の件についてはまだ公にされていません。最上級冒険者としてのあなたであれば秘匿事項も開示できるはずです。あなたは冒険者として復帰するべきです」
「……さっきしようとしたろ」
「情報を得るためだけに身分を提示しただけです。あなたが本気で証明しようとすれば手段はいくらでもあったはず。情報は欲しいが冒険者として復帰はしたくない、そんな曖昧さが相手にも伝わったのではないでしょうか」
俺は口を閉ざした。
言い返さなかったのではなく、言い返せなかった。
アルテナはよく人を観察している。俺が見えないように暈していた心理を正確に指摘してきた。
なにがしたいかなんて自分にもわからない。本当は死ぬのが怖いのか、死んで楽になりたいのか、それすらも判然としない。いままで明日死んでも構わないなんて気概で生きていたのにな。
「妙案を思いつきました」
「なんだよ藪から棒に」
「決闘をしましょう」
「……なんだと?」
予想外の単語に目の前の人間の正気を疑う。
いや、この女は思い返せば初めから正気じゃなかった。開幕バケツ一杯の水をお見舞いしてくるヤツだ。どう考えても正常な思考回路ではない。
ただでさえ決闘にはいい思い出がない。それがわからないわけでもないだろうに、敢えてそう口にしたということが殊更癇に障る。
「決闘と言っても公式のものではありません。私とあなたの口約束による個人的なタイマンです。勝利条件は相手の無力化あるいは敗北を認めさせること。殺害はなしにしましょう」
「まて。待ちやがれ。やらねえよバカ」
思いつきにしてはトントン拍子に話を進めていくアルテナを制止する。
勝手に決闘する流れにされても困る。おおかた自分が勝ったら言うことを聞けとかいうつもりだろう。魂胆が見え見えだ。
「あなたの想像通り私が勝ったら冒険者として復帰してもらいます」
「くだらない。乗るかよ」
「あなたが勝った場合、あなたが抱える負債を私が全て負担します。そしてもう二度と、あなたの前には姿を現しません」
「なに?」
こちら側のメリットもある程度考えてはいたが、前者の条件を聞いて思わず反応してしまった。
「お前、俺がどれだけ借金してるか知ってんのか?」
「金貨五千枚ほどは想定していますが足りませんか?」
「流石にそこまでやってねえよ。けど、そんな金どこから……」
「今はありません」
「は?」
「今はないですが、私が冒険者として活動を始めれば一月でこと足ります」
ずいぶんなことを言いやがる。
金貨五千枚なんてやる気満々の上級冒険者が数年かけてやっと手にできる金額だ。アルテナがどのレベルに位置しているのかは知らないが、一月なんて到底信じられない。
「しょせんは口約束だ。守らないで蒸発するつもりじゃないだろうな?」
「契約書を作成しましょうか?」
「……本気か?」
「はい」
真っ直ぐとこちらを見て頷くアルテナ。
こちらを騙そうという気は感じられない。
リスクはそれなりに大きい。だがそれ以上にメリットがある。
最悪、冒険者復帰しても王都にさえ近づかなければレインやティオナと顔を合わせることもないだろう。ついでに『聖剣士』殺しについて情報を得ることもできる。
俺が勝った場合は言わずもがな。これまでの負債の全てが無くなればある程度は動きやすくなる。アルテナと二度と関わらなくて済むというのもありがたい。
「……悪くない。いいぜ、やろう」
アルテナが戦闘向きの職業を持っていることは明白だ。
こんな勝負に出たということは本人もそれなりの自信があってのことだろう。
とはいえ俺だって腐っても『聖剣士』だ。二年のブランクはあるが、長年の戦闘で身についた感はまだ鈍ってはいない。問題ない。いける。
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