第3話 兆し

「イヤだ」


 一も二もなく即座に断った。

 あまりに早い返答に面食らった様子のアルテナは僅かに硬直し、それから口を開く。


「なぜですか? 多少ですが見返りもあります」


「俺はもう冒険者として生きることはない。そう決めたんだよ。見返りがあろうが無かろうが絶対にパーティーなんて作らない」


「それは、二年前の件があるからですか?」


「……どうだかな」


 アルテナがいつから俺を探していて、どれだけの情報を収集したのかは知らない。だからこそ図星を突かれても知らぬ素振りを貫く。

 あの決闘は公には単なる催しとして通っている。俺とレインのいざこざはパーティーメンバーしか知らないことだ。とはいえ決闘に敗れた直後にレインがリーダーになって俺が脱退したとなれば、黒い噂の一つや二つは飛び交うだろう。アルテナがたまたまそれを耳にした可能性は高い。


「二年前。あなたは自身が脱退に追い込んだレイン・マグヌスに決闘を申し込まれ、それを承諾した。パーティーの未来を懸けた闘いはクリス・アルバートの圧勝に終わるかと思われたが、実際の内容は真逆。クリス・アルバートはレイン・マグヌスに手も足も出せず、ついには観客までもを巻き込むほどの暴挙に及ぼうとしたところを僅か二撃で鎮圧され、完膚なきまでの――」


「やめろ! 胸クソわりぃことべらべらのたまいやがって!」


 噂どころかほとんど大正解じゃねえか!

 忘れようとしても忘れられない最悪な記憶を芯まで抉られた俺は、息を荒くして叫んだ。


「あの決闘は王都の歴史に刻まれています。あの事件から『剣神の寵児』と讃えられるレイン・マグヌスの英雄譚が始まったのですから」


「『剣神の寵児』……」


 知っている。

 有名すぎて、どこへ逃げてもその名が付き纏ってくるんだ。

 逃げて逃げて、辺境まで行ってもその名を聞いて、もはや逃れられないのだと諦めた。


「汎用職でありながらあそこまでの卓越した力を手にした男。彼は世の職業に恵まれなかった人間にとっては希望そのものです。今やただの冒険者ではなく、国の重鎮や王までもと関係を持っている。そんな人間がいる冒険者ギルドテリトリーでは活動できませんか」


「できるわけねえだろ、こっちは泥被って退場してんだぞ。いまさら舞台に立ってなにしろってんだ? かませ犬が復讐企てて帰ってきたってか? はっ、結末が見え見えなんだよ」


「あなたは復讐がしたいんですか?」


「……は?」


「私は一度も復讐をするなんて言っていませんよ。ただ冒険者パーティーを結成したいと要求しているだけです」


 そんなのわかっている。

 俺だって復讐をする気なんてさらさらない。

 もとはと言えば俺のくだらない都合から始まったことだ。

 レインにはそれなりに恨みはあるが、あそこまで正々堂々と勝利をもぎ取られれば捨て台詞すら吐けない。誰より俺自身が敗北を認めてしまったんだ。


「……俺はもう冒険者として生きることはない。復讐もしない。だから俺の前から消えろ。それこそレインの奴に頼んだらどうだ? 実力があればパーティーに入れてくれるかもしれないぞ?」


「彼ではダメです」


「どうして」


「汎用職だからです。私が必要としているのは『聖剣士』の職業を持つ数少ない人間、あなただけです」


「『聖剣士』が珍しいっていうのはわかる。冒険者業として最も活動的な王都ですら俺を抜いて二人だけだ。どいつも地位が高くて引く手数多だから、誰にも見向きされない俺はお前にとっちゃ穴場なんだろうが……」


「その二名の内の一名が、先日殺害されました」


「…………、……なに?」


 アルテナが何を言ったのか、一瞬理解できなかった。

 王都の『聖剣士』が殺された? 魔物との戦いで死んだとか、病に倒れたとかではなく?


「位置は王都を出て少し離れた野道。依頼を達成した帰りとのことです。現場は激しい戦闘の跡で地形が変化していたらしく、相手は相当な手練であると推測されています」


「……そんな」


「証言者……王都まで逃げてきたパーティーメンバーの証言では、犯人はたった一人の女性だったとか」


「ば、バカな。『聖剣士』は俺が言うのもなんだが最強職の一角なんだぞ? あまつさえパーティーメンバーもいる状況で、どうして殺されるんだ」


 それもたった一人の女性なんて、なにかの間違いだろう?

 パニックを起こしたパーティーメンバーが記憶を捏造した可能性が高い。でなければ『聖剣士』を含めた上級以上の冒険者パーティーを一人で壊滅させたバケモノがいるってことになる。現実的じゃない。


「王都に限った話ではありませんよ。現在、世界各地で『聖剣士』の職業を有する人間が殺害される事件が多発しています」


「い、いや……まて。嘘だな? 何を言ってるんだお前は。そんなことを話してどうするつもりだ?」


「事実です。明らかに的を絞った計画的な殺人が行われています。だからこそ私にはあなたしかいない。『聖剣士』であるあなたしか」


「おい、まさか……」


 思い出す。

 先ほど俺の手首を掴んだ時の握力。聖なる力をまともに受けて、全く動じない耐久力。

 王都の『聖剣士』を殺したのは、たった一人の女性……?


「オマエは、何者だ」


「私はアルテナです。それと、敵ではありませんから安心してください。何度も言っているように、私はあなたに協力してほしいだけです」


「信じられると思うか? これまでの話もそうだ。個人的に調べる必要があるな」


「調べるのは構いませんが、それよりも……」


「断る。どっかへいけ。まだ俺に付き纏うっていうならここでぶっ殺す」


「…………」


 押し黙るアルテナを横目に、俺は路地裏を出る。

 雲は若干薄くなり、空からわずかな月光が道を照らしていた。

 アルテナの話を鵜呑みにするわけじゃない。

 ただもし仮に事実だとしたら、俺の命も危ういだろう。『聖剣士』の中では圧倒的に知名度が低いからこそ標的にされていない可能性もある。

 レインの奴は何をしている。アイツが動けばその犯人だってきっと……


「クソッ! 俺が英雄様に縋れる身分かよ……!」


 ただただ無性に、よくない胸騒ぎがする。

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