第9話 王都へ

 突然の王都招集通達。

 とはいえ今すぐに向かうというわけにもいかず、王都とカイエを往復する特急馬車の予約のために冒険者宿で一泊することになった。宿泊費はギルドが立て替えてくれるとのこと。


 そして翌日。

 俺とアルテナは東口支部の前で馬車を待っていた。


「……クマが酷くなっていませんか?」


「察しろクソ。……あー手先が震えてきた」


 アルテナに冷水をかけられてからこっちはずっと徹夜しているんだ。

 加えて近々レインの奴と顔を合わせることが確定している。俺にとってこれ以上のストレスはない。さっきからずっと胃がキリキリして仕方がない。

 肉体的にも精神的にもそろそろ限界だ。どこかで酒を飲まないと死ぬ。


「きました」


 アルテナの声に反応して顔を上げると、冒険者ギルドから向かって右側から馬車がくるのが見えた。

 懐かしい。

 冒険者として活躍していた頃は世界各地をあの馬車で移動していた。二年前の当時からなにも変わっていない。思い出が昨日のことのように蘇る……。


「――死ね!」


「なんですか、急に」


「いや、ただ叫びたくなった」


 だめだ。

 あの馬車一つとっても頭が痛くなる。

 これは本格的にマズくなってきたな。王都に到着したら俺は壊れてしまうんじゃなかろうか。





 馬車に乗り込んだ俺たちはカイエを出て現在は昨日の森林地帯を進んでいる。

 昨日のように人道を外れて獣道に出るようなことはないので、魔物と遭遇することはまずあり得ない。とはいえ可能性はゼロではないが。

 特急馬車は魔物と馬の混血種を利用している。少し凶暴だが走力も持久力も並ではない。オーガウルフ程度ではとても追いつけないだろう。


 ストレスで痛む腹部を手でさすりながら少しカーテンを捲って窓の外を見る。

 王都の『聖剣士』が特急馬車の利用中に襲われたということで必要以上に顔を晒さないように言われた。

 今の俺は冒険者としてそこまで認知されていないから問題ないと思うのだが、念のためだとギルドの職員に釘を刺されている。なんだか保護されている気分だ。


「特急馬車だと王都までどれくらいかかるんですか?」


「そうだな……三時間くらいか?」


「なるほど」


 俺の横で反対の窓から外を覗いているアルテナ。


「王都は初めてか?」


「いいえ。何度か足を運んだことはあります」


「そうか」


 退屈だから話題を振ってみたが、それ以上発展させる内容でもなかった。

 少し気まずい空気を感じているのは俺だけだろうか。思えば手持無沙汰の状態でアルテナと一緒にいるのはこれが初めてだ。


「クリスさんは――」


「あ?」


「……どうしました?」


「いや、そういや名前で呼ばれたのは初めてだな」


「いつまでも『あなた』では弊害がでるでしょう。クリスさんも私のことはアルテナと呼んでください」


 確かにそうだ。

 『あなた』とか『お前』とかでは会話に支障がでることもあるだろう。


「ああわかった。で、なんだ?」


「クリスさんは王都の出身なんですか?」


「いや、出身は東にある小さな村だ」


「そうなんですか。どうして冒険者に?」


「……そんなん聞いてどうする。面白くもねえぞ」


「構いません。退屈ですので」


「暇つぶし感覚で人の過去話を要求するな。……まあ、俺も暇だからいいけどよ」


 出発してからまだ三十分も経っていない。

 これから三時間沈黙の中で外の景色を眺め続けるのは流石に苦痛だ。

 多少の退屈しのぎになればいい。そう思い、アルテナが振ってきた話題に乗ってやる。


「俺がいた村は農業が主な生業でな、周りには自然しかない。娯楽もなければ贅沢もできない。それが嫌で一発逆転を狙って冒険者になったんだ」


 思い出す。

 親の畑仕事を手伝いながらよくレインやティオナと将来の話をしていた。

 こんな田舎は嫌だと不満をこぼす俺。もともと剣が好きで剣術を学びたいと言うレイン。ティオナはあまり村から出ることに乗り気ではなかった。

 冒険者になろうと言い出したのは俺だった。きっかけはわからない。単なる思い付きだった気もする。レインは悪くない反応を見せた。ティオナもレインが冒険者になるならとついてきた。


「王都に来たのは十二歳の時だ。右も左もわからないし、あの人混みだ。はぐれないように三人で手を繋いで冒険者ギルドを探したよ。俺はリーダーぶりたかったから常に先頭を歩いてた。パーティーを結成した時も勢いだけで俺がリーダーになった」


 なけなしの資金で冒険者宿を借りて一人用のベッドで雑魚寝していたっけな。

 薬草採集や力仕事の依頼で日々の生活費を稼ぎながら勉強して、三カ月目で俺たち三人は低級冒険者になった。

 低級になってからは弱い魔物と戦う機会もある。当初はまだ職業に目覚めていなかったから、俺とレインが剣を手にしてティオナは荷物持ちだった。


「…………」


「どうしました?」


「いや……」


 変わったな、俺たちは。

 ティオナは逞しくなった。『回復術師』としてパーティー全体を支え、恐ろしい魔物にも毅然として立ち向かっている。

 レインはいわずもがな。アイツは俺とは違って才能があった。剣だけではない。逆境の中でも努力を怠らない精神力がある。


 情けない。

 俺だけだ。後ろ向きに変わったのは。

 あの時、レインを追放した時から俺の歯車は狂ってしまった。

 欲に憑かれて苦楽を共にした仲間を陥れたんだ。俺は落ちぶれて当然の人間だ。


「会いたくねえなぁ……」


 ぼそりと呟く。

 どの面下げて出向けばいい。

 レインは俺になんて言ってくる。浮浪者みたいな見た目の俺を見て笑うだろうか。

 ティオナもいるだろうか。南口支部の受付嬢みたいな反応をされたら流石に堪える。

 シオンもオリアナも俺には心底失望しているだろう。全く、俺から声をかけて勧誘したっていうのに、当の本人がこの有様じゃ失笑ものだ。


「クリスさん?」


 アルテナの声がどこか遠くに聞こえる。

 意識が朦朧とする。数日も徹夜したのだ。酒がなくとも眠くはなる。

 とはいえ浅い眠りだろう。どうせ見る夢は同じだ。レインとの決闘。そして酒に溺れる日々。後悔。


「……少し、ねる」


「はい」


 短く返したアルテナの声に、どこか温もりを感じた。

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