君のヒーローになりたい

白桃ちび

2013年 8月21日:僕が初めてヒーローになった日

幼い頃の記憶は、と言われて思い出すのはたった二パターンの行動。妹と遊んでやるか、テレビを見ているか。見るテレビは決まって戦隊モノだった。


両親は家が好きではなかったらしく、殆ど家にいなかった。


父親は会社員。三十代とは思えないほどの白髪が生えていたことを強く覚えている。給料が多かったのかどうかは知らないが、家へ入ってくるお金がごくわずかだったことは知っている。全てキャバクラにつぎ込んでいたことを僕は知っていたからだ。


母親は仕事をしていなかった。だったら専業主婦か、と言われればそれもまた違う。強いて言うなら男に貢いでもらうのが仕事だったのではないだろうか。言い訳のように毎日僕たちにあんた達のためなのよ、と言っていた。そして、その後決まってあんた達は私のおかげで生きているのよ、と言うのだ。当時の僕は愚かにもそれを信じていた。


そんな子供を愛せない両親を持つ妹が残りの唯一の肉親である僕に懐くのは必然であった。寂しい思いをさせないようにね。貴方はお兄ちゃんなんだから。周りから呪いのようにそう言われ続けていた僕は妹が望むまま、飽きるまで遊んでやっていた。思い返してみても我ながらいい兄であったのではないかと思う。


では、もし仮に僕が妹を放置していたとして彼女は僕に決して懐くことはなかったのだろうか。答えは簡単、否である。


何故なら、僕は彼女のヒーローだから。





忘れもしない、夏休み中の八月二十一日。当時小学六年生の僕と小学一年生の妹は公園へ遊びに来ていた。それぞれ友達と遊ぶ約束があったため、それならば一緒に行こうということになったのだ。夏休みであろうと両親はいないため、何かあった時に責任を取るのは僕なので、何も無くても着いていっていたが。


妹の友達に妹を預け、僕は友達の所へ向かう。ヒーローは常に人気者ではなくてならない。この頃既に自分はヒーローになると信じてやまなかった僕は、ヒーローになるために沢山の友達を作った。小学生なんて単純なもので、愛想良く笑って、好意的に接すれば誰もが僕を好きになってくれた。あっという間に僕はクラスの"ヒーロー"となったのだ。


暫く遊んでいたが、誰かの疲れたね、というひと言によって休憩を摂ることになった。ベンチに座り、水を一口。乾いた喉へ染み渡り、生き返ったような心地がする。思っていたより僕も喉が渇いていたようだ。座りながら友達たちと雑談をしていた時、ふと聞きなれた声がした。


「それ、怜美のゴム!返して!」


声が聞こえた方向に目をやると、妹が涙を浮かべて手を伸ばし叫んでいた。妹の視線の先を見やると、小学四年生くらいの男の子たちが数人集まっている。その中のガキ大将のような子が妹のゴムを奪い取り、ニヤニヤしながら妹の反応を楽しんでいた。


「返して欲しかったら取り返してみろよ!」

「返して!返してよ!」


可哀想に、妹は今にも泣きそうだ。兄として、そしてヒーローとして助けてやらねばと腰を浮かせた瞬間、妹の小さな悲鳴が聞こえた。何事かと顔を向けると、ガキ大将の足に躓いたらしい妹が転んで膝を擦りむいていた。


とうとう妹は泣いてしまい、周囲からの視線が厳しくなった。泣き喚く妹を見たその時、僕はある言葉が頭をよぎった。



「この世の全ての悪はこの俺がやっつけてやる!この世に悪なんて必要ない!」


僕の憧れのヒーローは悪をやっつけると、必要ないと言った。ならば、ヒーローになりたい僕はどうするべきだ?…僕も悪をやっつけるべきだ。…僕がやっつけるべき悪はどいつだ?…何もしていない妹のものを取り、怪我までさせたアイツだ。


あぁ、そうか。僕が、ヒーローであるこの僕がアイツを、あの野郎を排除しなくては。


「僕の妹を怪我をさせた悪い奴はやっつけてやる!!」


僕はそのガキ大将目掛けて思いっきりキックをお見舞いしてやった。





キックを、と言うと聞こえはいいが、所謂飛び蹴りだ。しかも、頭目掛けたわけだから、本当に危なかったらしい。悪い事をしたアイツと同じくらい僕も丁度その場面を見ていた大人の人に怒られた。


何が貴方の方が年上でしょ、相手は2歳下の子なのよ、だ。それを言うなら俺の妹は3歳年上の子に虐められたんだぞ。もの取られたんだぞ。可哀想に。


そんな言葉を言えるほど僕も口が達者なわけではなかったので、素直に怒られ続けた。周りからの同情の目が恥ずかしくて、僕を見ている皆の目を潰してやりたかった。


その大人の人は両親に報告をしたらしいが、ガキ大将が運良く無傷だったからか、何もお咎めは無かった。なんなら多分その日も両親の顔を見ることは無かった。なるほど、僕たちの親は僕たちに本当に興味が無いらしい。





帰りは妹と2人、静かに帰った。時々ちらちらと此方を伺うような妹の目線が気になったが、結局ひと言も話さず、ただただ家に向かって足を進めていった。


真っ暗な家に着いて中へ入って電気をつけた途端、妹が抱きついてきた。やっぱり怖かったのか、と頭を撫でてやろうとした僕の手は妹のひと言によって止まった。


「お兄ちゃん、かっこよかった。お兄ちゃんは怜美のヒーローなんだね。」


この時の僕の衝撃と言ったら。なんと言い表せばいいのだろう、そう、まるで身体中に電気が迸ったような。そんな感じだ。


ヒーローを目指してはいたが、誰からもヒーローだとは言われたことがなかった。何をやっても返ってくる言葉はありがとうだけ。そんなんじゃない、そんな言葉が聞きたいんじゃない。誰か、誰か僕をヒーローだと言ってくれ。


この瞬間、僕はヒーローだと初めて言われた。認められたのだ、ヒーローであると。


いや、そうじゃない。本当は僕はきっと、ずっと前からヒーローだった。それに気付かないやつが多かっただけ。見る目がないやつが多かっただけなんだ。


流石は僕の妹、見る目がある。僕の欲しかった言葉を言ってくれる。そうかそうか、僕はお前のヒーローか……。


こんな時にヒーローはなんて言ってやる?何をしてやる?


確かそっと抱きしめて、優しく頭を撫でるんだ。小さい子なら目線を合わせて、優しく微笑む。そして、安心するようなことを言ってやるんだ。


「怜美が無事でよかった。何かあったらお兄ちゃんがまた守ってやるからな。」


ありがとうと言って僕に強く抱きつく。あぁ、泣いてしまったのか、よしよし。僕が、お前のヒーローであるこの僕が守ってやるからな。


安心したように泣く妹を優しく抱きしめ、背中をさする。この時僕は言いようのない幸福感に満たされていた。

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