第4話 約束をトイレと交わしました!

「ねぇ! 見て!」


 嬉しそうな声に振り返ると、きちんと服を着た陶子が立っていた!


「お前……まさか、一人で着られたのか!」


 ふふんっと、人差し指で鼻を擦る自慢げな姿に、思わず感動する。

 数日前まで一人でまともに服を着ることのできなかった陶子が……人間として成長していた!

 このままいけば、彼女が真人間へ更生できる日も近いのではないかと希望すら抱く。


 そろそろ陶子用に女性ものの服を買うべきかもしれないな。

 なんて、彼女との共同生活を現実的に考えたりもした。


 しかし、そうして一歩前進したかと思った陶子との生活には……まだまだ問題もあったのだ。



「……おいしくない」

「……やっぱりだめか」



 今、陶子の目前には有名店からテイクアウトした美味しいカレーライスが置いてある。

 だが、彼女は一口食べた切り手を止め、スプーンをガジガジと噛んで遊んでいた。


 陶子が抱える問題、それは……何を食べても『おいしい』と思えないことだ。

 即席麺やコンビニ弁当、ファミレスに焼き肉の食べ放題。

 果ては高級寿司まで試したが……どれも彼女の舌を満足させられなかった。


 そして、たった今。


『見た目がうんこみたいで美味しそう!』


 と、陶子がのたまった最後の希望カレーライスも失敗に終わったところである。



「ねぇ……ひょっとして私のことが嫌いだから、こんなのしかくれないの?」


 しゅんと肩を落とし、泣きそうな瞳で見つめられて罪悪感が膨れあがっていく。


「そ、そんなつもりじゃ……」


 そして、


「……おしっこ、飲みたいなぁ」


 ポツリとこぼす陶子の姿に、一つの危機感を覚えた。

 それは……人間になった彼女が――排泄物しか美味しいと感じられないのではないか? というものだ。


 もしも、この想像が本当だったなら……俺は、彼女への接し方をもっと真剣に考えなくてはならない。

 でも俺にはまだ、陶子におしっこやうんこを飲んだり食べさせたりする覚悟がなかった。

 いや、そんな覚悟普通あってたまるかって話なんだが……それに、それ以上にだ。



『え、えへへ……そっか。名前って、なんかいいね』



 脳裏を過ってしまう。



『ねぇ! 見て!』



 ようやく、普通の少女らしく笑えるようになった陶子の姿が――。


「…………」


 もしもここで、彼女におしっこやうんこを望むままに与えてしまったら、一生後悔する。

 そんな、身勝手な予感があった。


 だから……いや、でも――だからこそ、迷いながら答える。


「なあ、陶子……聴いてくれるか?」


 肩からさらりとこぼれる銀髪に目を奪われながら、努めて優しく陶子へ語り掛けた。


「もしも……陶子が約束を守ってくれるなら…………俺は、おしっこを飲ませてあげてもいい」


 一瞬で、陶子は目の色を変える。


「それ、本当?」


 真剣な眼差しを返す彼女に、二度と撤回の機会はないぞと自分へ言い聞かせた。


「……ああ、本当だ」


 簡単に言ったつもりはない。

 だが……既に、少しだけ後悔し始めていた。

 しかし、そんな俺とは裏腹に陶子の顔がぱあっと明るくなる。


「私っ、約束する! どんな約束でもするし、守るわよ! それでおしっこが飲めるなら!」


 俺にはその笑顔が、初めて彼女の名前を決めた時よりも嬉しそうに見えて――胸が痛くなった。


「それで? 私は何を約束すればいいの?」


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