第26話 皇帝との決闘

 ナターシャは皇帝ルドルフとの一対一での勝負に臨んでいた。そこは宮殿内に設けられた闘技場。そもそも宮殿内に闘技場があること自体、ロベルティ王国ではあり得ないことであった。


 決闘へ臨む前にアマリアとクレアの2人とは別れている。2人は闘技場の貴賓席で眺めるとのことだった。ちなみに、貴賓席の方は帝国側が用意してくれたのだ。


 また、帝国の貴賓席には同い年の女性の姿が見えたが、皇帝ルドルフの妾なのかもしれないなどと思いつつ、ナターシャは闘技場のど真ん中で皇帝ルドルフと対峙した。放たれる覇気は玉座の間で面会した時以上。さすが、帝国を統べる皇帝といったところ。


「ナターシャよ。余との決闘、勝てる自信はあるか?」


「もちろんです。私にはしかないですから」


 ナターシャは手にした剣を見せながら、微笑を浮かべた。ルドルフもそれを聞くなり、獲物を見つけた猛獣のように獰猛な笑みを浮かべていた。


 互いに強者であることは間違いない。双方から放たれる気迫に観ている側が圧倒されるほど。


「それでは、始めるとしようかのぅ」


「ええ、こちらはいつでも構いません」


 ルドルフは左右に佩いた二振りの魔剣を鞘から引き抜いた。右手に持つのは魔剣ラファール。反対の左に持つのは魔剣ブリッツと呼ばれる。どちらも皇帝の愛剣である。


 対するナターシャも腰に提げた魔剣ヴィントシュティレを引き抜いた。魔剣を持つ者同士の決闘だと分かると、観客の視線にも熱が帯びられた。


『それでは、我らが皇帝陛下とロベルティ王国の武将ナターシャ・ランドレスの決闘を開始する。では……始め!』


 実況者の声と共に決闘が開始される。先に動いたのはルドルフ。地を這うようにナターシャの手元へと滑り込んでくる。


 初撃は皇帝の右手の魔剣ラファールとナターシャの魔剣が衝突。甲高い金属音が響き、ぶつかり合う魔剣同士からはこすれる音が余韻として響く。互いに力のこもっている証拠だ。


 力勝負ではマズいと悟ったか、ナターシャは後ろへ跳躍。そこへ魔剣ラファールはナターシャの眼前を通り過ぎていくが、続いて左から逃がすまいと魔剣ブリッツが強襲する。が、ナターシャもさる者。鮮やかに攻撃を受け流し、着地する。


 ナターシャが着地すると同時に追撃者からの斬撃がナターシャを襲う。頭上から振り下ろされる一撃をナターシャは横へ跳んで回避。横へ跳ぶ流れで、自然に立ち上がって見せた。


「フッ、余からの斬撃をかわして見せるとは見事なり。じゃが、そなたの剣捌きは敵の剣を避けるだけか?」


 揶揄するかのような口調のルドルフ。ナターシャはその返答は攻撃を仕掛けることで答えた。


 瞬く間にルドルフの眼前へ疾駆したナターシャから突き技が三連続で見舞われる。ルドルフは最初の突き以外は剣で軌道を逸らしたものの、左頬に細い線が1つ刻まれ、そこから少量ながら血がにじみ出る。


 負けじとルドルフも左右から挟み込むように斬撃を見舞うが、ナターシャは下がるのではなく、


 まさか上へ逃れられるとは思っていなかったルドルフであったが、対応は早かった。頭上への斬り上げを二連続で見舞う。しかし、ナターシャは器用にも空中で攻撃をかわしてしまう。


 その尋常ではない動きには、さすがのルドルフも動揺した。


「皇帝陛下。さすがに今のはかわせまい。そう思われたでしょう?」


「そうじゃな。今ので勝負あったと思うたがのぅ」


 これだけ激しく動いていながら、ナターシャは大して息をきらしている様子もない。それはルドルフも同じであった。とても60を超える老齢だとは思えない体力と動きのしなやかさ。


 ナターシャもこれほどな老戦士にはそうそう出会えるものではないと感じていた。それほどな戦いぶりである。


 その後も幾度となく剣撃がかわされるも、両者の実力は拮抗しているに等しく、決着がつく気配もなかった。が、年のこともあってか、戦いが長引くほどにルドルフの動きから鋭さが失われていく。


 そこからは圧倒的ナターシャ有利の戦況となった。それにより、ルドルフは降参の意思を表明し、決闘はナターシャの勝利に終わった。


「フッ、まさか余の全力をも凌いでみせるとは思わなんだ。戦いを長引かせたのは、これを狙ってか」


「それもあります。ですが何より……」


 観客席へと視線を移すナターシャ。彼女の視線の行く先を見て、ルドルフにも何が言いたいのか分かったような気がした。


 つまり、ナターシャが言いたかったのは『観客のため』ということ。せっかくの決闘が短時間で終わってしまうよりも、少しでも長引かせ、見ている側も手に汗握るような試合を披露したかったということだ。


 それが分かり、ルドルフは笑った。自分との決闘でそんなことを考えるほどに余裕があったとは、まさしく『化け物』だと。神が戦闘のために生み出した戦乙女ではないか。


「いやはや、余も60年生きてきたが、敗北を味わわせられたのはそなたで3人目じゃ」


「3人目……ですか。よろしければ、他の二名の名を伺ってもよろしいでしょうか?」


「うむ。1人はそなたも戦ったヴィクター・エリオット。もう一人はその弟、スティーブ・エリオットじゃ」


 ナターシャはルドルフから聞き、貴賓席で控える大槌を持った大男がスティーブということもルドルフから教わった。そんなスティーブの配下こそが、先日討ち取ったポール・フレッチャーなのか。そのようなことを同時に思い返していた。


 ともあれ、『ナターシャが皇帝ルドルフに勝利した』という知らせは宮殿中を瞬く間に駆け巡った。そして、実際にその戦いを見ていた観客たちは興奮を覚えた。


 そして、その話を聞いたヴィクターはまた戦いたいモノだと側近に語り、スティーブは部下のポールが殺されたのもやむなしと考えていた。


 そのようにナターシャの勝利は様々な人の心に影響を及ぼしていた。そうとも知らず、ナターシャは決闘の疲れを帝国から与えられた屋敷で休息をとっていた。


 そんなナターシャの元へ、ある人物が訪れていた。


「これはこれはルイス殿。このようなところへお越しなされるとは思わず……」


「ああ、気にせずともよい。むしろ、こちらこそ急に訪問した無礼、お許し願いたい」


 ナターシャとルイスは屋敷の入口にて会話をし、客間へ話の場を移した。


 それよりも、ルイス・ヴォードクラヌがなぜ、帝都フランユレールにいるのか。それはナターシャたちと同じく、皇帝ルドルフへ謁見するためである。


「ルイス殿。その後、ヴォードクラヌ領の方はいかがでしょうか?」


「ああ、つい先日逃亡を続けていた弟のエルンストめを討ち果たし、その首を手土産に帝都へ上って参ったのだ」


 何気ない近況報告であったが、目の前にいるルイスという男は弟を殺し、その首を皇帝ルドルフに献上したのだ。その保身の動きはナターシャにとって、許しがたい行為であった。何より、エルンストが死んだというのは早とちりの情報だったらしい。


 そんな許しがたい行為を行なったルイスへの複雑な思いを押し込めながら、ナターシャはルイスと何気ない会話を続けた。


 そんな折、ナターシャとルイスの双方に召集がかかった。無論、招集をかけたのは皇帝ルドルフである。


 ――その招集に応じ、ナターシャ、ルイスの両名とも宮殿へと向かうのであった。

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