第25話 帝都フランユレール
王都テルクスを出発して1ヶ月。ナターシャたちはようやく帝都フランユレールに到着していた。長い旅路に疲労がたまっているナターシャたちであったが、帝都の景色を見て、疲労など吹っ飛んでしまう。
「これは……!」
「あまりにも人が多いのには驚きました。まさかこれほど人の賑わいに溢れているとは……!」
「ナターシャ様、これぞ帝国の都といった具合ですね」
帝都に入れば、商いをする人、その商人や露店から物を買う人、通りを往来する人びとが目に入れまいとしても目に入ってくる。まさに人で溢れかえっているという言葉そのままの大通りの中を進み、帝国側から用意されていた屋敷へと通されたのであった。
「北の辺境の地から来たということで粗雑な場所に通されると思ってたけど、想像以上に豪華な屋敷に通されて驚きました」
「クレア、これほど豪華であっても恐らく帝国では粗末な屋敷なのでしょう。御覧なさい、もっと王宮に近い場所にはここよりも立派な屋敷が立ち並んでいます」
クレアはナターシャの指さす方へと視線を移すと、ナターシャの言う通り、より一層豪華絢爛な屋敷が立ち並んでいる。これだけ立派な屋敷であっても、帝国側から粗末な扱いを受けているのだということには驚きつつも、粗末に扱われているという事実に、少々苛立ちもした。
「お姉さま、一通り屋敷を見て回ってきましたが、これといって怪しいところはありませんでした」
「そうでしたか。でしたら、安心して今晩は休むとしましょう。明日はいよいよ皇帝ルドルフへの謁見がありますから」
怪しいところとアマリアは言っているが、具体的には暗殺者などが潜んでいたり、井戸の水に毒が放り込まれていたりといったことがこれにあたる。そのようなことも考慮したうえで、アマリアが事前に屋敷をくまなく見て回っていたのだった。
そして、翌日には皇帝との謁見を控えている以上、ナターシャたちもしっかりと休み、長旅の疲れを癒やす必要があった。よって、ナターシャたちは食事もとらず、ベッドの上で吸い込まれるように眠りについた。
こうして迎えた謁見当日。ナターシャとアマリア、クレアの3名は正装をしたうえで、皇帝ルドルフのいる宮殿へと向かった。時刻は午前10時。
早朝では早すぎ、夕方では遅いということもあり、皇帝の職務中である昼の前後に訪問することがしきたりであった。そんなしきたりを事前に聞き及んでいたため、ナターシャたちは恥をかかずに済んだ。
宮殿の最奥にある金のあしらわれた荘厳な扉が開いた先。床には皇帝の玉座に向け、扉から一直線に赤の絨毯が敷かれていた。
「歓迎しようぞ。ロベルティ王国の使者たちよ」
ここ、皇帝の間に通されたのはナターシャとアマリア、クレアの3人のみ。その3人を玉座より見下ろしているのがフレーベル帝国初代皇帝ルドルフ・フレーベルその人であろう。
ルドルフが初代皇帝であるのは、言葉通り、このフレーベル帝国を建国したのがルドルフ自身だからに他ならない。南方の小国止まりだった主家を滅ぼし、ルドルフはフレーベル帝国を建国。
それから10年で大小合わせて20近い国を滅ぼし、勢力を急拡大させた。それが20年ほど前の話。20年前となれば、アマリアは生まれておらず、クレアも生まれて間もない赤子の頃である。最年長のナターシャであっても、2歳。
つまり、ナターシャが生まれた頃から皇帝として頂点に君臨してきたのが、今ナターシャたちの目の前にいる男なのだ。
「ロベルティ王マリアナの名代として参りましたナターシャ・ランドレスと申します。右に控えるのがアマリア・ルグラン、左に控えるのがクレア・カスタルドでございます」
「フム、ナターシャにアマリア、クレア。3名とも優れた武芸者ではある。余の戦士としての直感がそう告げておる。まぁ、アマリアとクレアは余ほどの強者ではないが」
ひと目見ただけで相手の力量を見抜いた皇帝ルドルフ。それだけに、アマリアとクレアは内心冷や汗をかいていた。言うなれば、この皇帝を敵に回さなくて良かった……と。
だが、ナターシャだけは動じることなく、真っ直ぐにルドルフの眼を見ていた。
「ナターシャよ。そなた、帝国が誇る猛者であるヴィクターを相手に、一歩も引かないほどの剣の腕だと聞いた。それに、先の戦いでもスティーブの配下の将軍であるポールを一撃で仕留めたそうではないか」
ヴィクターのことはともかく、帝国の将軍ポールを討ち取ったことについて、何か咎められるのではないかとナターシャも身構えたが、皇帝の表情は実ににこやかであった。
「実に面白い。ポールを討ったこと、些細なことゆえ気にせずともよい。それよりも、余はヴィクターと真正面から斬り合える者と戦いたくてな、うずうずしておった」
配下の将軍が斬り殺されたことを些細な事として片づけるルドルフには驚かされたが、とりあえず咎められたりする気配がなく、内心ではナターシャもホッとしていた。
「それでじゃが、ナターシャよ。余はそなたと手合わせがしたい。余は強敵を見ると、戦わずにはおれぬ
ニヤリと不敵に笑うルドルフ。ナターシャは恐れこそなかったが、本当に手合わせするのか、そればかりが気になっていた。
「何、そなたがヴィクターと互角に渡り合ったということ、この場にいる者で信じている者は少ない。それを証明してみせるためにも、余と戦ってはくれぬか?」
「皇帝陛下からそこまで申されては断れません。喜んで、引き受けさせていただきます」
「では、1時間後に宮廷内にある闘技場に参れ。そなたも武器を取りに行く必要があろう。余も支度をせねばならぬでな」
「承知しました」
ナターシャはルドルフからの手合わせを受諾。そのことは瞬く間に宮殿中に広まり、1時間後には闘技場の収容人数を遥かに上回る数の人だかりができていた。
「ナターシャ様、本当に決闘を受けられるとは……」
「クレア、心配なのは分かりますが、断る方が皇帝の心象を悪くするでしょう」
ナターシャからそう言われ、クレアも納得せざるを得なかった。とはいえ、こうなった以上止める手立てもないのだが。
「お姉さま、ご武運を」
「ええ、私に手合わせを申し込んだこと、皇帝に後悔させてやるとしましょう」
剣を用いての決闘ということもあり、ナターシャは絶対的な自信にあふれていた。それは、対するルドルフも同じであった。なにせ、ルドルフがこれまで勝つことができなかったのは配下のエリオット兄弟のみである。
そのエリオット兄弟の兄ヴィクターと互角に渡り合った女剣士と聞けば、ルドルフも1人の武人として戦いたくてたまらなくなるのも無理はない。
ルドルフは自身が皇帝として即位した時より肌身離さず持ち歩いている二振りの剣、魔剣ラファールと魔剣ブリッツを腰より下げ、決闘の場に足を踏み入れるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます