第2章 帝国への従属

第24話 帝都までの道のり

「お姉さま。ようやくシムナリア丘陵地帯を抜けることができましたよ」


「抜け道を使わなければ、どうしても遠回りになるのですから仕方ありません」


 ナターシャたちは以前に帝国軍と戦った沢のある隘路を通るのではなく、堂々と広い道で移動していた。今行なわれているのが奇襲ならば、隘路は喜んで通るのだろうが、今回は帝都にいる皇帝へ謁見するための旅である。そのような狭い道を通る必要はない。


 それゆえに、堂々と広い道を通り、シムナリア丘陵地帯を抜けることができたのであった。何分にも、シムナリア丘陵地帯は広大なのである。馬でゆったりと移動しているとはいえ、すでに王都テルクスを出発してから10日が経過していた。


「この先の街で一度休憩していくのはどう?皆も疲れてるみたいだし」


 旅ということもあり、クレアはナターシャへの口調が普段よりもくだけていた。だが、仕事となればクレアはまた真面目な口調に戻るのは分かり切っているので、ナターシャもあまり気にしていない。


 そうして騎乗しての旅路らしく、馬上で他愛もない話をしながら道中を楽しんでいた。シムナリア丘陵地帯で見かけた動物の話から、アマリアが休日に行なっている狩りの話へと広がったりした。


「アマリア、昔に一度一緒に狩りへ行ったことがありましたね」


「はい。お姉さまが狩りがどんなものか見てみたいとおっしゃったので」


「あの時の狩りにはクレアはいませんでしたか」


「アタシは行ってません。確か、その日は屋敷の留守を預かっていたので……」


 ナターシャはアマリアとクレアの2人が退屈しないよう、基本的に交互に話を振ったりすることを意識していた。それもあってか、2人とも適度に発言することができ、楽しそうであった。


「それで、その時の狩りはどうだったんですか?」


「そうですね。確か……」


「お姉さまの方が多く鹿を射止めてたよ!頻繁に狩りをしているボクよりも仕留めていたのが衝撃的で、今でもよく覚えている……!」


 クレアから話を振られたナターシャが答えるより先に、アマリアが恍惚とした表情でその時のことを語った。その話にはクレアも食いつき、興味津々といった様子である。


 ナターシャとしては少し恥ずかしい思いであったが、クレアとアマリアが楽しそうに話しているのを見ると、邪魔をするわけにもいかなかった。


 そうして日が暮れる頃、無事にシムナリア丘陵地帯の南に位置する町へと到着した。


「ナターシャ様、宿を取ってきます」


「ええ。お願いします」


 クレアは他の供に自分の馬を任せ、宿を取るべく走り去っていった。その忠犬のごとき動きにナターシャもアマリアもクスリと笑いをこぼしたが、自分たちも町の入口で立ち止まってばかりもいられないため、馬を引きながら町の大通りを散策し始めた。


「お姉さま、御覧を。ロベルティよりも小麦が安いです」


「確か、前に丘陵地帯を通った時には小麦の収穫も終わった時期でしたか」


「もしかすると、それで帝国軍の食料は枯渇しなかったのでしょうか」


「その可能性は高いですね。兵糧が無ければ、戦など出来ませんから、その面でも肥沃な土地が多い南部は有利なのでしょう。やはり書物で学ぶのも良いですが、この左右の目で見て初めて理解できることも多い」


 ナターシャとアマリアは大通りの露店で売られている小麦などの穀物や野菜、果物の価格の安さ。売られている野菜の種類や量の多さなどに驚いていた。しかし、帝国の強さの秘密を1つ、暴くことができたようで少し気分が高揚していた。


 そんな折、宿を取りに向かっていたクレアが戻り、宿屋に向かうこととなった。


「クレア、なかなか良い宿を取りましたね」


「えへへ、王国の代表として帝都へ行くわけですから。これくらいは……」


 そう、ナターシャたちはロベルティ王国を代表して帝都へと赴くのだ。品のない宿に泊まるわけにはいかなかった。


 そのことをクレアは分かっており、出発前に国の財務を担当しているフロイドに話をつけ、宿代を当初の3倍以上にすることに成功していた。今ごろは予定以上の出費となった宿代の穴を埋めるべく、フロイドが頭を悩ましている頃だろう。


 クレアもそれを思えば申し訳ない気持ちはあったが、国のメンツに関わることだ。致し方ない。


 建前としてはナターシャと同じことを考えつつも、『主君であるナターシャをボロイ宿に止めさせてたまるか』と本心では思っているクレアなのであった。


 ともあれ、ナターシャたち使節団30名は3名ずつ10部屋に分かれて宿泊。当然、ナターシャと相部屋となったのはアマリアとクレアの両名。


 その日は、宿で食事をとり、近くにある風呂屋にて汗を流し、夜更かしをすることなくすぐさま眠りについた。ナターシャたちの夜は子どものように健康的であった。


 そうして静かに一晩を過ごした後、朝食を摂りながら今後の道のりについての話し合いを行なった。


「進路はこのまま南へ進むのですが、この先は湿地帯が続いており、馬で進むのは困難です。なので、この湿地帯を迂回します。といっても、湿地を迂回するように街道が整備されているので、道なりに進むという方が分かりやすいでしょう」


 クレアは地図を広げ、進む道を細い指でなぞりながら、今後の進路の説明を行なっていた。その後も分かりやすく説明がなされ、帝都まではあと2週間以上かかることもあり、まだまだ先が長いことを思い知らされる話し合いともなった。


 ともあれ、ぐずぐずしているわけにもいかないので、昼前には町を発った。それからの道のりは変わらず、ナターシャ、アマリア、クレアの身の上話などが馬上で繰り広げられ、賑やかな旅路となっていた。


「それにしても、私が指名したおかげでアマリアもクレアも帝都まで同行することになったわけですが、本心では嫌だったということはありませんか?私が無断で指名したわけですから」


「いや、ボクはお姉さまと一緒に過ごせるだけで幸せなので、嫌などということはありません。むしろ、指名していただけて嬉しいですよ」


「アタシも同じく。第一、ナターシャ様と一緒に行動することに不満などありません」


 クレアもアマリアほどではないが、ナターシャ信奉者である。ナターシャ信奉者とはクライヴが勝手に名づけたのだが、主にクレアとアマリアのことを指す。最近ではユリアが入るか入らないか……といったところだろうか。


 反対に、クライヴのことを慕う人物にはモレーノとダレンの2人がいるのだが、彼らはまさにクライヴ信奉者と呼べる。いや、ナターシャは現に心の中ではそう思っている。


 ともあれ、このいつメンは仕事でも顔を合わせることが多く、休日プライベートでも非常に交わりが深い。


 ちなみに、ナターシャが2人を指名したのは、気兼ねなく話ができることが一番の理由だったりする。なにせ、往復で2ヶ月の間一緒にいるのだ。となれば、仲の良い者たちで向かいたくもなる。


 他に理由があるとすれば、武芸の腕前だ。アマリアは紋章使いであるうえに、剣を扱わせればナターシャの次に強い実力者。クレアもあまり目立たないが、槍を扱わせればなかなかの腕であり、魔槍グラヴィエの威力も侮れない。


 すなわち、ナターシャが気兼ねなく話ができるメンバーであり、相当な武芸者である2人を同行させるのはベストな選択だったと言えよう。


 ――そんなナターシャ、クレア、アマリアの長すぎる旅路はまだまだ続くのだった。

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