第27話 ルイスという男
「ナターシャ。それに、ルイスよ。このような時間に呼び出したのは他でもない」
再び宮殿へと召喚されたナターシャとルイス。2人は玉座の間ではなく、皇帝の私室へと通されていた。
「余は先日、ナターシャに機を見てクレメンツ教国を攻めることを命じた。じゃが、ロベルティ王国の兵だけでは厳しかろう?」
「……はい。ましてや、手前の3国と戦をした後となれば、兵たちの疲労もまだ残っております」
ナターシャの言葉に、ルドルフは大きくうなずき、今度は視線をルイスの方へと移した。
「そこでじゃ。ルイス、そなたのヴォードクラヌ領の兵士を主力として、協力してクレメンツ教国を攻撃してもらいたい」
ルドルフからの提案。ナターシャにとっては断る理由のない、まさしく渡りに船というものであった。ただ、ルイスはあまり良い表情をしなかった。
「ルイスよ。北方に陣取るそなたらには、来年のヴァルダロス王国との戦いに参戦することは免除するゆえ、その代わりじゃと思うてくれ」
ルドルフもさすがに譲歩した。そして、その譲歩の内容を聞き、ルイスは納得したようであった。それは表情からも伝わってくる。
「ルイス、ヴォードクラヌ領から動かせる兵はいかほどか?ざっとで良いゆえ、申してみよ」
「およそ1万8千ほどだろうと思われますが、今の時点ではまだ分かりません」
「じゃろうのぅ。だが、北からクレメンツへ攻め込む軍の主力となるのじゃ。できる限り多く兵を用意いたせ」
ルイスはそれ以上何も言えなかった。一度、皇帝ルドルフに譲歩させた以上、それ以上譲歩させるわけにもいかなかったからだ。むしろ、ルドルフはそれを狙って譲歩したのだ。
ルイスも後からしてやられたと思ったが、時すでに遅し、である。ともあれ、クレメンツに攻め込むことについて、ナターシャたちロベルティ王国にとっては負担が減ったのは良い話であった。
ただ、ナターシャには1つ懸念していることがあった。それは、ヴォードクラヌ領の兵たちと共に戦うことをロベルティ王国の者たちが受け入れるかという一点に尽きる。
ロベルティ王国では、未だヴォードクラヌへの憎しみは消えることなく残っている。そのことから、心を一にして戦うのは難しいのではないか。そんな統制に欠けた状態で、クレメンツ教国を打ち破ることができるのか。
まだまだ課題が多そうだと感じながら、ナターシャはルイスと共に宮殿を後にした。
「ナターシャ殿。次はクレメンツ教国攻めの時に会うことになるだろうか」
「そうでしょうね。その日が来るのを心待ちにしております」
そんなやり取りと共に分かれ、ナターシャは眠い目をこすりながら屋敷へと戻ったのだった。そんな彼女をクレアとアマリアが支えながら、寝室へと赴いた。
「お姉さま、このような遅い時間までおつかれさまでした。ゆっくり休んでください」
「ええ、そうさせてもらいます」
ナターシャを寝かせた後、アマリアとクレアの2人はナターシャの寝顔をしばらく眺めていた。月の光に当たる透き通るような白い肌に、2人とも魅入られているよう。
ともあれ、ナターシャの寝顔を見ながら、二人揃って疲労感によって眠りへと誘われてしまったのであった。
そして、迎えた翌朝。ナターシャたちは再び宮殿にて皇帝ルドルフと面会し、帰りの挨拶を述べた後、ナターシャ一行はロベルティ王国への帰路についたのであった。
「ナターシャ様。ようやく帝都を離れることができますね」
「ええ。長い間、帝都に居たように感じますが、一昨日に帝都についたばかり。信じられないことではありますが」
そう、ナターシャたちが到着したのが、一昨日の出来事なのである。皇帝ルドルフに面会したのも昨日の事。
だが、帝都に居る間に起こった出来事が濃厚で、まるで一週間も滞在していたかのように感じてしまったのだった。
そんなナターシャたちも帰り道ということで、行きよりも笑顔になることが多かった。そんな笑顔になることが多い中で、楽し気な会話にも花が咲く。
こうして帝都フランユレールを出発してから1ヶ月。王都テルクスを出発してから2ヶ月と数日が経った日。ナターシャたちは無事に王都へと帰還することができたのである。
ナターシャたちも長旅により疲れていたが、帝都での出来事を女王マリアナへと報告すべく、そのまま登城した。
「ナターシャ。此度の大使としての儀、誠にご苦労様でした」
「いえいえ、帝都までの道のりも楽しく、此度の大使の任の中で様々なことを学ぶことができ、良い成長の機会をいただけたこと感謝しております」
実に久々の再会となるマリアナとナターシャは主君と臣下としての距離を保ちつつ、お互いが不在であった間に何があったのかなどの近況報告をしあった。
そうして、ナターシャからの報告の番となり、皇帝ルドルフとの面会の様子や、クレメンツ教国への遠征の詳細、ヴォードクラヌ領主ルイスとも顔を合わせたことなども報告。
他には、ナターシャが皇帝ルドルフと決闘を行ない、勝利したことなども小話として報告を行なった。
「なるほど、クレメンツ教国への遠征では、ヴォードクラヌ領の兵士が主力となるという話になったのね」
「はい。我々はあくまで、その援軍という立場での出兵という形になるかと。ですので、我々の一番の大仕事はシドロフ王国、フォーセット王国、プリスコット王国の3国を平定し、クレメンツ教国までの道を切り開くことになりましょう」
ナターシャの話を聞き、マリアナは静かに頷くのみであったが、頭の中では淡々と情報を照らし合わせ、情報の整理整頓を行なっていた。
「それにしても、ヴォードクラヌのやつらと共闘することになるとはな……。はたして、兵たちが納得するかどうか……」
トラヴィスが呟いた言葉はナターシャの懸念していた通り。兵士たちの中には、親兄弟、友人知人をヴォードクラヌ王国軍に殺された者が大勢いる。
つまり、親兄弟や友人知人を殺した仇と共に槍先を並べ、戦わなければならないという命令に兵たちが服するか。形だけ従われても、戦にはならない。
いかにして、心より従わせ、互いに助け合いながらクレメンツ教国への遠征を成功させるかが要となる。が、それよりも先に片付けなければならない宿題がある。
「マリアナ様。まずは、雪解けと共に3国平定に取り掛かれるよう、戦支度を進めておきましょう」
「ええ。セルジュとフロイドは戦の資金と兵糧の手配を。トラヴィスは引き続き兵たちの鍛錬をお願いするわ」
「承りました」
「承知しました」
「御意」
セルジュ、フロイド、トラヴィスの3人は順に部屋を退出。それぞれ準備に取り掛かりはじめる。
ナターシャはクライヴを交えて、マリアナと共に3国との戦をどう進めるのかを議論した。結果、クライヴが外交面での戦争を雪解け前に完了させると言い出したことで、議論は決着を見たのだった。
「それでは、クライヴ。計画通りに進めるよう、頼むわね」
「はい。全身全霊で事に当たらせていただきます」
こうしてクライヴも退席し、ナターシャとマリアナの近況報告より始まった会議は終幕の運びとなったのであった。
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