第23話 帝国からの返答

 クライヴとセシリアがダフリーク温泉から帰ってきてから一週間ほどして。帝国からの正式な使者が到着。


 使者は女王マリアナとの目通りを願った。即日目通りの許可は降り、面会が叶った。また、使者が玉座の間に入った頃には、宰相のセルジュを始めとして、ナターシャとクライヴ、ジェフリー、フロイドといった面々が揃っていた。


「皇帝ルドルフより使者の任を受け参りました、ミハイル・オルロフと申します」


「ミハイル殿。かような辺境の地までお越しいただき感謝します」


 使者として派遣されてきたのは、クライヴがヴィクターの陣で立ち話をした参謀ミハイルその人であった。クライヴとしては、見知った者が帝国の使者として参ったことに少しだけ安心感を覚えていた。


「さて、さっそく本題に入らせていただきますが、我らが皇帝陛下はロベルティ王国の従属願いを受け入れる……と申しておりました」


 ミハイルの口から従属願いが受け入れられたと伝えられると、その場の緊張感が風船に穴が開いたかのように一気に抜けていったようだった。しかし、それだけの安心感を与えるほどに、従属願いが受け入れられたか否かは重要だったのだ。


「皆様、ずいぶんと安心なされたご様子」


「ええ、従属願いが受け入れられなかった場合、こちらとしては改めて今後の方針を練らなければなりませんから」


 ミハイルからの言葉に対し、マリアナに代わり、ナターシャが答える。それをジェフリーが冷ややかな目で見ていた。それはもう、『控えろ、下司が』とでも言わんばかりに。


 だが、ジェフリーからの視線に気づくことなく、ナターシャはミハイルと二言三言かわした。


「ただ、皇帝陛下より従属願いを受け入れるにあたり、条件がございまして」


「……条件?」


「ハッ、条件といいますのは、我ら帝国軍が攻撃を加えているクレメンツ教国を北から挟撃することになります」


「クレメンツ教国というと……」


 ――ロベルティ王国の南方に位置する大国である。


 帝国領の北東部に広がる大国で、帝国は5年の間に3度にわたり10万近い大軍を送り込んでいるが、すべて撃退されている。大陸中に名を轟かせる大国であるフレーベル帝国軍を何度も撃退していることで、クレメンツ教国もまた強国として大陸中に名を響かせているのだ。


 そんなクレメンツ教国はロベルティ王国の南方の3国が南に境を接している。となれば、帝国が申していることはクレメンツ教国を挟撃すること以外にもあることが分かる。


「……つまり、帝国が次にクレメンツ教国を攻めるまでに、我らに手前のシドロフ王国、フォーセット王国、プリスコット王国をなんとかせよ、ということだろうか?」


 真っ先にそのことを理解したセルジュがミハイルへと認識のすり合わせを行なう。それに対するミハイルからの返答は『イエス』であった。


 すなわち、『ロベルティ王国の従属願いを受け入れる代わりに、速やかに南の3国を片付け、時期を合わせてクレメンツ教国を挟撃せよ』ということになる。


 だが、ロベルティ王国はその条件を呑むしかなかった。呑まなければ、帝国軍が大挙して攻めて寄せてくる。それが嫌なら南の3国を従わせ、クレメンツ教国攻めを挟撃という形で援護せよ。


 結局、帝国の思惑通り、マリアナたちロベルティ王国は帝国からの条件を呑んだ。ミハイルは内心ではニヤリと笑みを浮かべながらも、丁寧な態度は崩さず、そのまま玉座の間を去った。


 その翌日、帝国からは別な使者がやって来た。これは女王マリアナに対して、帝都フランユレールまで上洛せよという内容の使者であった。それはすなわち、従属国として皇帝ルドルフへ挨拶をしに来るように、ということ。


 マリアナは女王とはいえ、まだ8歳。8歳の女児に帝都までの道のりは厳しすぎる。王都テルクスから帝都フランユレールまでは馬車でも片道1ヶ月はかかる。


 さらに、今は晩秋。帝都で皇帝に拝謁している頃には、ロベルティ王国は冬に入る。ロベルティはルノアース大陸の中でも豪雪地帯として有名である。帰りは真冬であり、身も凍えるような思いをする厳しい道のりとなる。


 これは大問題だった。しかし、クライヴの機転と交渉力で女王の代理で誰か重臣の1人が赴くということで許可が降りた。


 ――あとは代役として誰が帝都まで赴くかを決めるのみである。


「それでは、私が参りましょう」


 名乗りを上げたのはナターシャ。まさか彼女が名乗り出るとは思わなかったため、マリアナもセルジュも驚きに目を見張っていた。


「ナターシャ?あなたが行く必要はないわ」


「いいえ、帝国が何か企んでいるかもしれませんし、腕の立つ私が出向けば何かと対処もしやすいでしょう」


 マリアナはナターシャを行かせまいとしている風であったが、最後にはナターシャに根負けした。


 ただし、ナターシャには護衛の大将を二名伴っていくことを条件に付した。そこでナターシャが連れていくことにしたのは、日ごろから親しい間柄であるクレアとアマリアの両名であった。


 ナターシャはその場でアマリアを連れていくことを、彼女の父親であるセルジュに許可を求めた。セルジュも渋い顔をしていたが、ナターシャが一緒なら安全だろうと判断し、送り出すことを決めたようだった。


 クレアの方は主君であるナターシャのいるところこそが自分の居場所だと言い、喜んで同行する旨を承諾した。


 かくしてフレーベル帝国皇帝ルドルフに謁見すべく、帝都フランユレールへはナターシャが向かうこととなり、アマリアとクレアの二名のほかに、数十の護衛が同行することとなった。


「姉さん、どうして帝都行きを志願したんだい?別に僕が行っても良かっただろう?」


「確かにクライヴ、あなたが行っても問題はないでしょう。ですが、宗主国とはいえ、帝国はまだまだ油断できませんから」


 クライヴでは敵に罠があった場合に切り抜けることができない。ナターシャはそう言いたいのだ。つまりは役不足。


 姉からそう言われてはクライヴも恥じた。しかし、事実だからこそ、言い返すことはできなかった。


 だが、クライヴも帝国が信用ならないと思っている。だからこそ、死んでも影響ないような人を派遣するように会議を運ぶつもりだったのだが、他ならぬ姉が立候補したことで算段が狂った。


 そのことはクライヴは黙っていたが、ナターシャにはある程度は分かっていた。それに、2ヶ月近く婚約者のセシリアと引き離すわけにもいかない。そうナターシャは考えたがゆえに、立候補したのだ。


 ともあれ、帝都へはすぐにでも出発する運びとなり、ナターシャの要望で明日の明朝には立つということに。そのため、王宮内はバタバタと騒がしかった。


 だが、王宮の者たちの手際の良さも相まって、使者との面会の翌日にはナターシャたちは帝都フランユレールへと出発することができそうであった。


「ユリア、かなり門番としての仕事が板について来たようですね」


「……ナターシャのおかげ。あの時取りなしてくれなかったら、路頭に迷うところだった」


「ユリアほどの射手、大陸中を駆け回っても見つからないでしょう」


 ヴォードクラヌ王国軍の敗北を知らせたユリア・フィロワは王宮に留め置かれていたが、彼女の才を腐らせるには惜しいと考えたナターシャの推挙で、西門の守備を任されていた。


 そんな彼女はナターシャの帝都行きに同行できないことを残念がっていたが、ナターシャが説得させたのだ。


 ともあれ、西門の守将であるユリアに見送られ、ナターシャたち一行は帝都へ旅立ったのであった。

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