第22話 温泉デートは突然に

「そんなところにいたのかい、セシリア」


「く、クライヴ!アンタこそどうしてここに……!」


 予想外のセシリアの驚きようにクライヴも驚いていた。しかし、不意に声をかけられれば驚きもするかと考え直し、クライヴは驚かせたことをわびた後に話を再開した。


「それで、セシリア。僕を尋ねてきたらしいけど、何か用でもあったのかな?わざわざブンテル地方から来るほどだし」


 ブンテル地方とはロベルティ王国南部、例の3国――シドロフ王国、フォーセット王国、プリスコット王国との国境付近に広がる高原地帯である。その周辺には隣接する3国に備えての砦が数多く築かれている。


 その数多くの砦の守備を任されているのがセシリアたちハワード家である。長らく王宮に留まっていたセシリアの父、トラヴィスも今はブンテル地方へ帰っている頃である。


 それに、国家としても今南に攻められることだけは回避しなければならない状況にある。よって、その守将の1人であるセシリアがこちらに来ているのだ。なにせ、戦場におけるセシリアの猛勇は女王マリアナからも頼りにされているほどなのだから。


 ――そんな彼女が抜けて大丈夫なのか。


 クライヴの中ではそんな不安の方が大きかった。だが、それについては先にセシリアの方から説明がなされるのであった。


「先日戻って来たお父様からアンタに会って来なさいって言われちゃって」


「なるほど?それで僕に会いに来た……と」


 トラヴィスがこの時期タイミングでセシリアを自分に会わせようとしている。この事に何か狙いがあるのか、クライヴは知恵を絞って考えてみるものの、何も答えは浮かばなかった。


「それで、トラヴィス殿からは何か言われたりは……」


「えっと、アンタとデ、デートしてきなさいって路銀を渡された時に言われたけど……」


 デートと自分で言いながら顔を真っ赤にするセシリア。クライヴもセシリアの口からデートという言葉が出たことには驚いた。が、トラヴィスがそうやって気を回してくれたのなら、デートをしないわけにもいかなかった。


「分かった。僕も準備をしてくるとしよう。トラヴィス殿からそう言われたのなら、僕もデートしないわけにはいかない」


「いやいや、別にお父様に言われたからってデートなんかしなくても……」


「……訂正しよう。僕が君とデートしたい。だから、デートに行く。だから、行きたい場所があったら教えてくれ」


「~~~っ!?」


 言葉にならない言葉を飲み干し、セシリアは行きたい場所を口にした。『温泉』と。


 かくいうセシリアの趣味は温泉巡りなのである。休みの日には王国中の温泉を巡っているほど、温泉に目がない。休みの日は部屋にこもって本とにらみ合うクライヴとは対照的にアウトドアである。


「温泉か。僕はあまり詳しくないし、セシリアセレクトで行くとしよう。どこかオススメの温泉はあったりするのかい?『ここだけは絶対に行った方がいい!』……みたいな」


「……それなら、王国の北にあるダフリーク温泉がオススメかな」


「どういった効能があるんだい?」


「血行を良くしたり、傷の回復を早める効能があるんだけど……」


 セシリアは気にしているのだ。沢で帝国軍と戦った際、自分を助けに来た時にクライヴがあちこちに傷を負ったことを。だから、傷の回復を早める効能があるダフリーク温泉を勧めたのだ。


 クライヴもそのことは効能を聞いた時点で察してはいたが、あえて追及するような無粋なマネはしなかった。なにせ、セシリアが自分のことを気遣って提案してくれたのだから。


「分かった。じゃあ、ダフリーク温泉に向かうとしよう。移動手段は馬でいいのかい?」


「え、ええ。一応、そのつもりだけど」


「そうか。じゃあ、君は先に馬を連れて城門で待っていてくれ。僕もすぐに向かうから」


 クライヴは温泉旅行デートの準備をするべく、荷物を取りに部屋へと走って戻った。そして、セシリアを待たせるわけにはいかないと手早く準備を終え、部屋を飛び出していく。


 部屋には姉であるナターシャへの書き置きを残してあるから、あまり騒ぎにはならないだろう。クライヴはそう思い、屋敷を飛び出した。その姿はナターシャの自室から丸見えであったことにクライヴはまるで気づいていなかった。


 だが、ナターシャとてクライヴの姉である。手に鞄を提げていることや、自分の馬に跨って屋敷を出ていったこと。さらに、セシリアも先ほど屋敷を出たことから、どこかへ2人で出かけるのだろうと読んでいた。


 ――それゆえに、クレアとアマリアをなだめ、何事もなかったかのようにボードゲームを続けた。


「セシリア、待たせたね」


「ううん、別にそこまで待ってないし」


 照れくさそうにしながら、セシリアも騎乗し、2人並んで王都を後にした。向かう先はダフリーク温泉。


 王都テルクスからダフリーク温泉へは騎馬で2日の距離にある。それまでの道のりが晴れることを祈りながら進んだ。その甲斐あってか、途中で雨に降られることもなく、無事にダフリーク温泉に到着することができたのであった。


 ダフリーク温泉は無色透明な水に、飲めば苦いことが特徴の温泉である。そんな温泉は昔から地元の人々から傷を癒やす『神の泉』などと呼ばれている。


「……ッ、やはり染みるか……」


 クライヴは帝国との戦いで負った刀傷や矢傷が染みるのを感じつつも、それに耐えながら肩まで湯に浸かった。この傷のせいであまり眠れていないうえに、先日のヴィクターとの会見でもらった精神的な疲労も重なり、浸かって数分のうちにウトウトしてきてしまった。だが、その眠気は衝撃的な出来事で吹っ飛んでしまう。


「せ、セシリア……!?なぜ、ここに!?」


「えっと、アタシなりのお礼よ!お礼!沢の合戦では命を助けてもらったんだし……!」


 タオル一枚で自分の前に現れたセシリアにクライヴは驚きつつも、すぐに目を閉じ、頭の向きをセシリアのいない方向へと変更する。


 されど、瞼を閉じていても、閉じる前に見えてしまった光景が脳裏に焼きつき離れなかった。女性陣からも羨望の眼差しを向けられるほどに膨らみ、張りのある胸部。くびれのある腰に、ムチッとした太もも。


 一瞬で理性が溶けてしまいそうになるのをクライヴは自制し、何でもないようにセシリアと会話を続けた。


「やっぱり、僕のケガのこと……気にしていたのか」


「そりゃあ……ね。アタシを助けようとしなきゃ、負うことも無かった傷なわけだし?」


 セシリアの声が真横から聞こえてくることや、水面が揺れたことなどから、セシリアも湯船に浸かっていることは感覚的に理解することができていた。


 そんなクライヴの頬が赤くなっているのを、惜しいことにセシリアは血行が良くなるという温泉の効能が早速効き始めているのだと勘違いしてしまったのだ。


「それにしても、まさか君と2人で温泉に来るなんて、夢にも思わなかったよ」


「そうね。アタシもアンタなんかと温泉に来るなんて思わなかったわよ」


「昔から自分より強い男とは結婚しないと豪語していた君からすれば、僕は正反対の人間だからね」


「……まぁ、見てくれはそうだけど、あの時の戦いぶりを見ちゃったら……ね」


 沢での合戦の折、傷を負うのも厭わずセシリアの元へ一直線に駆けつけた。その時の戦いぶりはセシリア以上の勇猛さがあった。


 それを見た時に、戦場ながら胸が締め付けられるような思いをしたのは鮮明に記憶している。


「そんなに僕は勇敢だったかい?」


「うん、カッコ良かったわよ」


 素直なセシリアの言葉にドキリとするクライヴ。その後も温泉で温まりながらなんてことのない話をし、休みを満喫する2人なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る