第21話 従属のための交渉

 クライヴは気圧されていた。それは目の前にいるヴィクターに、だ。


 帝国最強の戦士と謳われるだけあって、その身から放たれる気迫は並み大抵ではない。だが、ヴィクターの気迫などに負けている場合ではない。


 そう自分に言い聞かせながら、堂々と胸を張りヴィクターと向き合う。その態度にヴィクターは大層感心した様子であった。


「……ヴィクター将軍、何かの顔についていましたか?」


 思わず畏まった口調になってしまうほどにクライヴは緊張していた。しかし、姉のポーカーフェイスを真似て、恐れを表情から心の内へと押し込める。


「いいや、俺と向き合って怯んだ様子も見せぬのは見事だと思っただけだ。普通の者はこの時点で手足の震えが止まらないのだが」


「なるほど。でしたら、将軍の先ほどからの態度にも納得がいきます」


 クライヴは心の中で『怯んでます!怯んでないように見せているだけです!』と泣き叫んでいた。だが、さすがのヴィクターはそのことに気づく様子はなかった。


「それで、クライヴ殿の用向きは何か?降伏の使者であれば、こちらは大歓迎だが」


「ハッ、一応は降伏の使者ということになります。ですので、陣幕の裏に隠れている武者たちは必要ございません」


 クライヴは気づいていた。陣幕に通されてすぐ、陣幕の外に何十人もの兵士が外に待機していることに。それもそのはず、クライヴですら分かるほどに殺気がもれていたのだから。


「……さすがに貴殿もつわものどもが隠れていることに気づいていたか。それでも動じないのはまこと見事なり」


 ヴィクターが左手を頭の高さまで掲げると、サッと外にいる兵士たちが退散した。クライヴはそのことに一礼して感謝の言葉を述べた。


「これしきの事、礼には及ばん。むしろ、貴殿を試すようなマネをしたこと、こちらの方こそ謝罪しよう」


 クライヴに対し、帝国軍の総大将が頭を垂れた。まさか頭を下げられると思っていなかったクライヴは驚き、すぐに頭を上げるように頼んだ。


「それで、本題なのですが……」


「ああ、クライヴ殿は降伏の使者として参られたとのことだが、他にも目的が?」


「そうですね。降伏するにあたり、我らロベルティ王国はフレーベル帝国に従属したいのです。無論、女王や重臣一同も同意の上での結論となります」


 ヴィクターは少々考えている風であったが、5秒と感覚を開けずにクライヴへと言葉を返した。


「なるほど。ロベルティ王国としての従属願いというわけか。あまりに大きいことゆえ、俺の独断で決めるわけにはいかん。ここは一度軍を退き、後日正式に使者を遣わす……という形になるが、それでも構わないだろうか?」


「……こちらがお願いしている立場ですから、帝国側の判断にお任せします」


「相分かった。では、ここは戦を帰すとしよう。即日撤退するから籠城支度はする必要はないと、戻って女王陛下に伝えてくれ」


「しょ、承知しました」


 クライヴはヴィクターの洞察に恐れをなした。この王都から相当離れた距離にある場所から、王国側が籠城する支度をしているとどうやって分かったのか……と。


 だが、そのことについて触れることはせず、おとなしく帰ることにした。ともあれ、クライヴが陣幕の外へ出ると、ある1人の人物に話しかけられた。


 それは、やけに赤い髪が映える青年だった。風体からして、将軍や一兵卒というわけではなく、参謀だと思われた。


 体格はクライヴよりも華奢で、とても剣や槍を振るうような人物には見えない。しかし、どうしてか無視することはできない雰囲気が漂っていた。


「私はヴィクター将軍の下で参謀を務めているミハイルと申します」


「これは丁寧なご挨拶かたじけない。某はロベルティ王国の使者として参ったクライヴと申します」


 互いに礼を尽くし、挨拶の言葉をかわした。少々のやり取りだけでも、ミハイルの人間性が表れている。クライヴは帝国の人にしてはヴィクターもミハイルもだと感じた。少なくとも、ポールのように粗野な振る舞いは見られない。


 帝国人について、見解を改める必要がある。そうクライヴは考えていた。


「ロベルティ王国は先日、ヴォードクラヌに滅ぼされたと耳にしたのですが、いつの間に復興なされたのでしょう?」


「先日のシムナリア丘陵地帯での一戦の間です。とはいえ、国としての体制が整ったのは貴国がヴォードクラヌ平定にいそしんでおられる間になりますが」


「なるほど、あのわずかな期間で……!それはスゴイ。そんなわずかな期間で国を再び建国したとは!しかも、ここまで来る途中に立ち寄った村々を見る限り、統治もしっかりと行き届いているようだ」


「それは良かった。女王陛下にも良いご報告ができそうです」


 クライヴと参謀ミハイルはしばらく談笑した後、別れた。クライヴは馬に鞭打って王都へと戻り、交渉の結果を女王マリアナへと報告した。


「そう。帝国側は従属願いを一度持ち帰ると言ったのね」


「はい。この場で決めることはできないから、と。ですが、まだ従属願いが受理されたわけではありませんから、警戒を完全に解くのは早いかと思われます」


「そうね。クライヴの言う通りだわ。従属願いを承諾したという知らせを帝国から受け取るまでは安心できないわね」


 マリアナはセルジュへとアイコンタクトを送り、西側の防御は引き続き固めるように指示した。セルジュも話を聞いていたため、マリアナから視線を受けただけでどうしろと指示されたのか、すぐに分かった。


 だが、目の前まで迫って来ていた帝国軍3万が引き上げたことで、王宮内のピリピリとした空気は幾分か緩和されていた。


「クライヴ」


「あ、姉さん」


 玉座の間を退出し、姉の部屋へと向かう途中。今から会いに行こうとしていた本人とバッタリ出くわした。


「無事に役目を果たせたようで何よりでした」


「はい。交渉相手がヴィクターだった時には生きた心地もしませんでしたよ」


 そういうクライヴは笑っており、表情筋も緩んでいる。それを見たナターシャは素直に弟を労い、交渉の際の様子などを聞きだしながら、自室へと通した。


「そういえば、クライヴ。あなたが使者として帝国軍の陣営に赴いている間、セシリアが訪ねてきましたよ?」


「……セシリアが?一体何の用で……?」


「さぁ?それは私にも分かりません。ただ、『クライヴはいる?』とだけ聞かれただけですから」


 少々セシリアの話し方をマネしながらナターシャは答えた。クライヴはそこでクスッと笑みをこぼしながらも、どうしてセシリアが訪ねてきたのか、考え続けていた。


「姉さん、セシリアが来たのはいつ頃?」


「確かティータイムの時でしたから、まだ1時間も経っていないはずです」


「ありがとう。ちょっとセシリアを探してくるよ」


「ええ、行ってきなさい」


 婚約者セシリアを探しに部屋を退出していくクライヴを見送り、ナターシャは窓際の椅子へと腰かける。その前のテーブルに途中まで勧められたボードゲームと共に置かれたお茶菓子をつまみながら、ぼんやりと窓の外を眺めていると、部屋にクレアとアマリアの両名がやってきた。


「お姉さま、先ほどクライヴと廊下ですれ違ったのですが、あんなに走って何かあったのですか?」


「ええ。セシリアが訪ねてきたと教えたら、探しに行くと言って飛び出していったのですよ」


「なるほど。確か、セシリアなら庭園にいたはずです」


「ええ、さっきアマリアと一緒に歩いている時に見かけたわ。なんだか熱心に花を見ていたから、話しかけたりはしなかったけど……」


「そうですか」


 庭園であれば距離も遠くないため、すぐに見つかるだろう。そう思い、ナターシャはホッとした。


 そんな安堵と共にボードゲームをやり込んでいるクレアの手ほどきを受けながら、ナターシャたちはテーブルの上のボードゲームを再開するのだった。

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