第20話 侵攻か和平か従属か

 帝国軍相手に望外の勝利を収めた翌日。ナターシャ、クライヴ、セルジュ、トラヴィスは女王マリアナのいる玉座の間へと召集されていた。


「みんな、よく集まってくれたわね。今日集まってもらったのは……」


 帝国への対応を改めて協議し、国策を決定することだ。それは言うまでもない。


 そして、まずは対応について、各々思うところを述べるところから会議は始まった。


「私は和平を結ぶことが良策ではないかと。ですが、今の城内にはこのまま帝国領へ侵攻すべきだという意見が高まっています。たかが一勝したくらいで帝国に勝てると考えるのは浅はかにもほどがある。よって、ここはこちらから和平の使者を送り、友好的な関係を望む旨を伝えるべきでしょうな」


 最初に発言したのはトラヴィス。王国軍の総帥として、思うところを述べた。さすがは歴戦の猛者だけあり、ナターシャ以上に引き際というものを理解していた。


 それに、トラヴィスの中では勝ったのはナターシャだけであり、軍と軍が衝突し、その末に勝利したわけではないことを重々承知していた。だからこその和平。


「僕もトラヴィス殿と同意見です。ここは和平の道を探るべきです。帝国としてもいつまでも北にばかりかまけている場合ではないでしょうから、きっと上手く運ぶかと思います」


 トラヴィスに続き、クライヴが発言する。外交を担う者として、各国の情勢などをつまびらかに説明し、いかに和平の成功率が高いかを語った。


 トラヴィスの和平案をクライヴが後押しする形となったが、クライヴとしてはトラヴィスが和平案を切り出したことに感謝していた。


「私もこれ以上の戦争は勝機ナシと考えます。それゆえに、私も和平案が最善ではないかと。元来、私は戦には疎い文官ですが、トラヴィス殿やクライヴ殿の意見を聞く限り、私と思うところが同じであり、内心安堵いたしております」


 セルジュも和平案を支持したことで、方策は和平で固まりつつあった。そうして、残るはナターシャのみとなった。


「ナターシャ殿も和平でよろしいですか?」


「ええ、皆様の申される通り、平和的な解決策を支持します。とてもこれ以上の勝利は望めないでしょうから」


 おおむね考えは一致していることを伝えたことで、セルジュもトラヴィスも和平の道をはかることで国策が全会一致で決まったことに安堵していた。


「ナターシャ、何やら含みのある言葉遣いですが、まだ何か申していないことがあるんじゃないかしら?」


 鋭いマリアナからの追及に、ナターシャも答えざるを得なかった。よって、昨晩クライヴに語ったように従属という新たな選択肢を提示した。


「従属というのは、言葉通りの意味……ということでいいんだな?」


「はい」


 頷くナターシャにトラヴィスは少々考え込んでしまった。それはセルジュも同様であった。だが、2人に代わり、クライヴがすかさず追及する。


「従属というのは、フレーベル帝国に当国が従属するということのようだけど、その従属を提案した意図を詳しく述べてもらいたい」


「そうですね、従属というのは昨日の帝国兵の態度を見て感じたことから考えたことです」


 ナターシャは自らの考えたところを包み隠さず述べた。和平としては同盟などが可能性として高いが、同盟よりも従属の方が確実。


 それは帝国兵のプライドの高さであった。自分たちを北方の野蛮人くらいにしか思っていないのは昨日のポールたちとの言い合いからも十二分に伝わっていた。それゆえに、対等な関係では相手も認めないだろうと。たかだか一回我らに勝っただけで調子に乗っている。そう思われても仕方ない。


 そのことをナターシャが述べたが、セルジュとトラヴィスの両名はあまり良い顔はしなかった。何分にも、ロベルティ王国に仕えて長い2人としては、『従属』という言葉自体、受け入れがたいモノであった。


「セルジュ、トラヴィス。私はナターシャの従属の案こそ、国を存続させるには無難な策だと思うわ。ここで帝国の神経を逆なでるようなマネをすれば、父や祖父母のようになりかねない」


 マリアナの父と祖父母。すなわち、ヴォードクラヌ王国によって処刑されたカルメロ王子と国王パヴェル、王妃イレーネのことである。


 ここで帝国に和平を拒否されれば、抵抗したとしても王国の滅亡は避けられない。だからこそ、帝国の機嫌を損ねない従属という形こそが無難な策なのだと説いた。


 マリアナの理解力の高さにナターシャも舌を巻きつつ、この場で自分の意見に賛同の意を示してくれたことに素直に感謝していた。


「僕も姉さんの案に賛成するよ。確かに、帝国相手に対等な立場での同盟を求めれば、確実に帝国の機嫌を損ねる。そして、マリアナ様の言うように王国の滅亡につながることは確実。ならば、こちらが下手に出るだけで国が維持できるのであれば、安いモノでしょう」


 クライヴまでもがナターシャの意見に賛同した。このことは大きかった。それに、女王であるマリアナが自分たちのプライドのせいで危険な目に遭うのだけは避けなければ。そんな思いが彼らの心に宿った。


 よって、今後の国策は帝国へ従属する。この方針が採択された。そんな折、またしても状況をひっくり返すような報せが飛び込んできた。


「申し上げます!帝国軍3万が国境を越えて、この王都テルクスを目指しております!」


 今度は帝国軍が3万。前回のポールの軍勢の3倍を優に超える数。たとえ、ロベルティ王国の全兵力を投じても勝てる見込みはなかった。


「マリアナ様。ここはこのクライヴにお任せ願えませんか?」


 サッとマリアナの前に進み出たのは他でもないクライヴであった。マリアナはクライヴに何か考えがあることを見抜き、ひとまず話を聞いてみることとした。


「クライヴ、何か考えがあるみたいね?」


「はい、ここは籠城ではなく、今ここで決まった方策を帝国軍に伝えてはいかがでしょうか?無論、許可さえいただければ外交を任されている私が敵陣へ単身参る覚悟です」


 マリアナも少し考えるように顎へ手をやっていたが、決断するのにそう時間はかからなかった。こうした決断力の高さはとても8歳とは思えないものがあった。


「それじゃあ、クライヴ。任せてもいいかしら?」


「……はい!お任せください!」


 もはやこうするしかないと悟り、トラヴィスとセルジュは祈るような気持ちでクライヴを見送った。クライヴは玉座の間を出ると、モレーノとダレンの2名だけを伴い、出発したのだった。


 こうして王都テルクスを発ったクライヴと王都へと進んでくる帝国軍がぶつかるのに1日とかからず、その日の夜には帝国軍の総大将との面会が叶ったのであった。


「ロベルティ王国より使者が参られました」


「通せ」


 総大将の陣幕へと案内されたクライヴは思わず目を見開いた。その陣幕の中にいたのは、ナターシャが警戒して止まなかったヴィクター・エリオットその人であったのだから。


「うん?そなた、見覚えがあるぞ。確か……そうだ、沢で俺に大斧で斬りかかって来た女戦士を救出した槍使いではないか」


「ハッ、クライヴと申します」


「フッ、よもやこのようなところでまた会うとはな。まぁ、遠慮せず腰かけてくれ」


「それではありがたく頂戴します」


 クライヴはヴィクターに勧められるまま、目の前の椅子に腰かけた。こうして、ヴィクターとクライヴとの間で和平交渉が進められるのであった。

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