第19話 罵倒の末の一騎打ち
互いに罵り合った末に迎えた一騎打ち。対するのはナターシャとポール。長く黒い髪の戦姫と青髪の戦士。両名は愛剣の柄へと手をかけ、鞘から引き抜く。
草木が風になびく刹那に始まった一騎打ち。両軍の兵士たちは一騎打ちの行く末を手に汗握りながら、ジッと見守っていた。
しかし、そんなナターシャとポールの決闘は一瞬で決着がついた。そう、2人の騎馬がすれ違った瞬間に勝敗は決したのだ。
勝ったのは――ナターシャだった。黒馬に跨り颯爽と草原を駆ける姿はまさに『漆黒の戦姫』であった。
そんな彼女に敗れたポールはと言えば。すれ違う直前までは繋がっていた首が地面に転がり、物言わぬ状態で放置されていた。そして、首を失った主人を乗せた馬が王国軍の方へとゆっくりと蹄の音を立てながら向かっていっていた。
ポールの馬は王国軍の兵士にひかれながら陣中へと姿を消し、ポールの首はダレンが速やかに回収を済ませ、自軍へと戻った。
「敵将、討ち取ったり!」
空高く漆黒の剣が掲げられる。勝者の声が高らかに草原へと響き、それは帝国軍へと絶望感を叩きつける。
ポールは帝都で行なわれた帝国主催の剣術大会で3連覇を成し遂げ、それがスティーブの目に留まり、直にスカウトされた将軍なのだ。すなわち、帝国領内でも指折りの猛者なのである。
だが、その剣術大会3連覇を成し遂げた伝説の男は物言わぬ死体となって敵軍へと収められた。その死が壮絶な一騎打ちの果てにもたらされたものであれば、まだ良かった。
現実は一撃で斬り殺された。ポールが雷魔紋を発動させた瞬間には、ナターシャの剣は彼の首へと斬り込んでいた。そして、勢いそのままに斬り飛ばされたのだ。
帝国軍の兵士たちには目の前の漆黒の女騎士が絶望にしか見えなかった。いや、中には死神に見えた者もいただろう。ともあれ、今の一撃でナターシャは帝国軍8千人の精神をズタズタに切り刻んでしまった。
ポールのあっけない死により帝国軍は完全に崩壊した。それを立て直すのが役割であるはずの副将など、真っ先に馬に鞭打って逃げていく。
恐怖と絶望のあまり、目から汁をこぼしながら逃げていく。
戦場は『やめてくれ!』『殺さないでくれ!』といった言葉があちこちで聞こえ、敵が打ち捨てていった武器防具、食料、軍旗などの鹵獲品を存分に収め、ナターシャ隊は凱歌をあげて帰還した。
アマリアやクレアといった若者たちは追撃を主張したが、熟練の将であるモレーノは逃げる敵を追うのは愚策だとして反対した。ナターシャとしてはモレーノと同意見だったため、城内へ引き上げることに決めたのだ。
その一部始終を城門の櫓から見ていてクライヴとジェフリーも最初は驚いていたが、クライヴの表情は喜びで緩み、ジェフリーは何を思ったか厳しい表情へと変化していた。
望外の大勝に王城中はおろか、王都中が歓喜に満ちていた。国民や兵士、文官の中にはこのまま西進し、帝国領へと攻め込むことを支持するものまで現れ始めるほどに。
「ナターシャ。今回の勝利はあなたの功績よ。本当に見事だったわ」
「ありがたき幸せ。陛下からそのようなお言葉をいただけたこと、身に余る光栄です」
玉座の間にて、マリアナからナターシャをねぎらう言葉がかけられていた。もちろん、その後にはマリアナの側に控える宰相のセルジュたちからもナターシャを称賛する声が続々と届けられていた。
その夜は勝利を祝して、祝勝会が王城で開かれ、王都では民衆を浴びるように飲み、お祝いムードであった。
王国軍の兵士たちの中にも、『帝国軍恐るるに足らず』という必勝の念が宿り、勝利という美酒に浸っていた。しかし、ナターシャ隊は敵がさらなる攻撃を仕掛けてくることを恐れ、見張りを怠らなかった。
それは紛れもないナターシャの厳命によるものであり、自身も一滴として酒は飲まず、巡回を怠らなかった。
「ナターシャ様」
「モレーノですか。どうかしましたか?こんな夜更けに」
「いえ、大した用ではありません。ただ、1人で星空を眺めておられたのが気になったのです」
そう、今は夜。『星々もロベルティ王国の勝利を祝うかのように煌めいている。それを眺めないのは星々に失礼だ』と、ナターシャは語った。モレーノも確かにそうだと思い、視線を頭上へと向けた。
「まさか剣の一振りで帝国軍8千を退けてしまわれるとは、モレーノ感服致しました。あの増長していた輩が尻尾巻いて逃げていくのは、見ていて痛快でございました」
「まぁ、それは私としても同感だ。だが、総大将のポールが討ち取られたくらいで、ああまで崩れるとは……」
「大したことはない……と?」
「いいえ、逆です。いかにポールという男が味方から信頼されていたのか。それがあの総崩れを物語っているように感じるのです」
確かに、ポールが討ち取られるまでは兵士たちは言語態度からして自信に満ち溢れていたのだから。その変貌ぶりにはナターシャでなくとも、驚いてしまうのも無理はない。
「御屋形様が生きておられれば、大層お喜びになられたでしょう」
「父上か。確かに私の名を叫びながら抱きつきに来そうなものだ」
ナターシャも懐かしい父の顔を思い浮かべながらクスッと笑う。モレーノもそれにつられてかフフッと笑っていた。
「なにせ、御屋形様を討ち取った軍を壊滅させたほどの強敵を撃退したのです。といっても、未だに信じられませんが」
「ああ。戦の勝敗は時の運だ。相手がポールだったから勝てたようなものだが、これがかのヴィクター・エリオットであったなら、物言わぬ首になっていたのは私の方だ」
「……確かに、あの男は身に纏う覇気から別格でした」
ヴィクター・エリオット。帝国最強の戦士と謳われる彼を含め、帝国三将は全員健在だ。このうちの1人でも討ち取ったというなら、ナターシャも両手を上げて喜ぶことができただろうが、討ち取ったのはたかだかポール1人だ。とても喜べたものではない。
「姉さん。それにモレーノもここにいたとは」
ナターシャが星空から背後のクライヴへと視線を移す。クライヴは自分のことを探し回ったのだろう。額に汗がにじんでいる。
「クライヴ様。私はこの辺りで席を外すとしましょう」
「ああ、すまないな」
「いえいえ、とんでもございません。姉弟仲良くお話しなさってください」
モレーノは丁寧に一礼した後、王宮の方へと歩いていった。
「それで、姉さん。明日、また今後の方針を決める会議を開くらしいんだけど……」
「また会議ですか……」
「仕方ないよ。それだけ重要なことを決めないといけないんだからさ」
クライヴの言う重要なこととは、今後の帝国への対応である。一部では、このまま帝国領への侵攻を主張する者が出てきている。
そんな中で、どうすべきかを話し合うべきだ。ちなみに、招集がかかっているのはナターシャとクライヴ、セルジュ、トラヴィスの4名だった。
セシリアとローラン、ノーマンといった将軍たちは南方の警戒に当たっており、フロイドとジェフリーは領内の視察の予定が入っているため出席はできないとのこと。
「明日の会議、僕は帝国との和平を提案するつもりでいる。姉さんは?」
「私は従属を勧めるつもりです」
「じゅ、従属……!?」
予想外の
ともあれ、一難去ったロベルティ王国に一晩の静けさが取り戻されたのである。その静けさを堪能しながら、ナターシャは眠りについた。
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