第16話 戦場からの帰還者

 ナターシャたちがロベルティ王国を再興して一週間。マリアナが戴冠し、セルジュが滅亡前と同じく宰相の役職につき、国王の相談役となった。


 その他には、クライヴが外交関係の仕事を担当し、租税や司法といった内政面での仕事はフロイドが引き受けた。


 マリアナから第一の功とされたナターシャであったが、本人が役職に就くことを拒否したこともあり、当初は近衛兵長の座に留まっていた。そのため、軍の総帥としての立場はトラヴィスが担うこととなった。


 ともあれ、ここにマリアナを女王とし、宰相であるセルジュが全体的な補佐を行ない、外交などの他国との関係調整などはクライヴ、内政はフロイドが統括し、軍事面での筆頭はトラヴィスという形で落ち着き、なんとか王国としての体制が定まった。


 そうして各々が各々の仕事をこなし始め、まだまだみなが慣れない仕事に苦戦している頃、王都テルクスへ6百の敗残兵が落ち延びてきた。


 その敗残兵はシムナリア丘陵地帯で敗北したヴォードクラヌ王国軍の部隊であり、部隊の指揮官はユリア・フィロワであった。ユリアとは、あのホルヘの率いた軍の先鋒として出発した女だ。さらに言えば、ユリアはナターシャとクライヴの父ドミニクを射殺した者である。


 そんな過去のいきさつはさておき、彼女はロベルティ王国の王城へと通された。もちろん、ユリア配下の兵士たちは王城内で傷の手当てを受けている。


「ユリア。シムナリア丘陵地帯での戦いの結果がどうなったのか、聞かせてもらえますか?」


 マリアナから話を聞きだす許可をもらい、その上でナターシャとクライヴの2人がユリアから戦いの結末の話を聞きだした。


 ちなみに、クレアたちランドレス家の家臣たちも同行を申し出てきたが、隙あらばユリアを斬ってドミニクの仇を討とうとすることは明白だったため、席を外させている。


 それはさておき、ユリアの口から語られた勝敗についてはナターシャの予想した通り、勝利を収めたのはフレーベル帝国の方であった。兵数や士気の高さなどから見ても、当然の結果と言えた。


 中でも、帝国軍の勝利に一番影響を与えたのはナターシャたちの追撃に当たっていたヴィクター率いる2万の兵士がヴォードクラヌ王国軍の側面になだれ込んだことであったのは、ナターシャにとっては意外に感じたところであった。


 ヴィクターたちが到着する頃にはすでに帝国軍の勝利で戦争が終わっていると思っていただけに、そこまでヴォードクラヌ王国軍が粘っていたこと自体予想だにしなかった。


 ともかく、戦いの中でユリアの上官に当たるヒメネス領主ホルヘは逃亡兵を斬りながらヴィクターの軍勢を迎え撃つも、ヴィクターによって斬り殺され、戦死。それを見て、ユリアも戦線離脱を始めたのだという。


 さらに、ユリアが後から聞いた話では、乱戦の中でヴォードクラヌ王シャルルとフレーベル帝国皇帝ルドルフの一騎打ちが行なわれたらしく、両者ともに剣の達人であることもあって戦いは長引いたそうだが、地魔紋を使ったシャルルの方が敗死したんだそうな。


 対するルドルフは紋章の力は使わず、両手に持った二振りの剣による技だけで苦戦しつつも一刀流の剣士であるシャルルを討ち取ったということに、クライヴは衝撃を受けた。


 ルドルフは60を超える老齢でありながら、まだまだ戦士としては現役である30代後半のシャルルを討ち取ったというのだから、クライヴが驚くのも無理はない。


 ともあれ、戦いの結果としてはヴォードクラヌ王国軍は名将として名高い右翼のブレント・メニコーニが帝国三将のスティーブに討ち取られ、左翼の大将ホルヘはヴィクターにより一撃で斬り殺された。


 さらには、国王であるシャルルも皇帝ルドルフとの壮絶な一騎打ちの末に討ち取られた。ただ、ユリアが言うにはシャルルの次男にあたるエルンスト・ヴォードクラヌはわずかな供回りを連れて戦場をいち早く離脱していたという。


「ユリア、そのエルンストという人物はどのような人となりか存じていますか?」


「……少しだけなら。とにかく剣術の修行に熱心で、カリスマ性があるからエルンストを次の国王に推す貴族が多い」


「少し待ってください。エルンストは確か……」


 エルンストはシャルルの次男坊である。シャルルにはもう1人子がおり、長男はルイス・ヴォードクラヌという。


「ルイス王子のことは僕も噂程度なら聞いたことがあるよ。怠け者だけど、天才肌で政治や軍略面で多才だと。今までにも不正貴族を宴に招いて一度に何十人も殺したとか」


「そ、それは真ですか?」


「……うん、それはホント。ちなみに私の父もその時に殺された」


 ユリアの言葉の一部にナターシャもクライヴも固まった。『今、なんと?』と聞き返してしまうような衝撃的な発言だ。だが、あまり深入りしない方が良さそうだと判断し、深く追求するような事はしなかった。


「……だから私はホルヘの下につけられ、家の格も下がった。だから、名声の回復のためにも手柄を上げなきゃいけない」


 だから、キバリス渓谷にてドミニクを射殺した。そう言われても、ナターシャもクライヴも許すことはできない。だが、適当な理由で殺されたよりはマシだと思っていた。


 それはともかく、ユリアの過去が少しだけ分かるような話がありつつ、シムナリア丘陵地帯での戦いの結末やシャルルの王子2人についての情報が集まった。


 その時点でユリアを部屋から退出させた。ユリアには別に部屋を与え、そこで休息を取らせた。


 その間にナターシャとクライヴの両名はクレア、モレーノ、ダレンの3名を伴い、今の内容を報告するべく玉座の間へ。


 玉座の間には女王であるマリアナ以外にも、宰相セルジュ、元ヴォードクラヌ王国所属のフロイド、王国軍総帥トラヴィスが待機していた。


「ナターシャ、ユリアから何か情報は得られたのかしら?」


「はい。まずは、それらの情報を報告させていただきます」


 ナターシャはユリアから得たシムナリア丘陵地帯での戦いはフレーベル帝国側の勝利に終わったこと、その戦いの中でホルヘを含む数多の将軍が討ち死にしたこと、国王シャルルまでもが一騎打ちの末に討ち取られたことを伝える。


「なるほどな、国王シャルルだけじゃなく、かなりの数の将軍が戦死か……。これはヴォードクラヌ王国も滅亡間近だな」


「はい。ですが、王子であるルイスとエルンストはどちらも健在ですから、そうたやすく滅亡とまではいかないでしょう」


 重臣であるトラヴィスとセルジュの意見にマリアナも耳を傾けていた。なにより、言っていることはどちらも当然の言葉である。


「となれば、私たちの今後の方策としてはフレーベル帝国へどのような態度を取るかということになりますか」


「フロイド殿、それについては戦うのか戦わないのか、じっくりと話し合う必要があるでしょう」


 フロイドの意見について、誰しもが重要なことだと思っていた。よって、一度解散し、各々の意見をまとめた上で後日議論することとなった。


「姉さん。姉さんは帝国への対応はどのようにするのが良いと思う?」


「そうですね……私は帝国と矛を交えるのは避けるべきだと考えていますが……」


 ナターシャは一度ヴィクター率いる帝国軍と刃を交えたこともあるからこそ、戦いを避けるという考えに至っていた。だが、それはクライヴも同じであった。


 ともあれ、後日の議論で方策を決めることで、大きくロベルティ王国の命運が変わることとなる。

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