第15話 シムナリア丘陵地帯の戦い

 ナターシャたちが王都テルクスならびに旧ロベルティ王城を占拠し、ロベルティ王国の復興を成し遂げた頃。


 秋風吹くシムナリア丘陵。北にはヴォードクラヌ王国軍5万7千が陣取り、対する南にはフレーベル帝国軍15万3千が布陣していた。両軍合わせて20万を超える戦場はさながら天下分け目の合戦であった。


 先に戦場に到着したヴォードクラヌ王国軍は後から到着したフレーベル帝国軍を包み込むようにV字型に陣取っており、いわゆる鶴翼の陣である。


 右翼はヴォードクラヌ王の乳兄弟にあたるブレント・メニコーニが指揮を執り、左翼はヒメネス領主ホルヘ・ヒメネスが同じく指揮を執る形となっていた。


 対するフレーベル帝国軍はといえば、三角型の陣形、すなわち魚鱗の陣形。さらに、左備えにはスティーブ・エリオット、右備えにはカルロッタ・ダルトワが受け持っていた。


 左備えのスティーブ・エリオットは、ヴィクターと同じくエリオット姓であるが、彼こそヴィクターの血の繋がった弟である。彼もまた、ヴィクターと同じく帝国三将に数えられ、帝国内では武勇はヴィクターに次ぐと謳われていた。


 そして、残る帝国三将の1人であるこそ、右備えのカルロッタ・ダルトワである。彼女は槍の名手として知られる一方、戦上手としても知られ、近隣諸国から恐れられていた。


 ともあれ、帝国三将と呼ばれる名将がそろい踏みしていることからも、フレーベル帝国が本気であることは明らかであった。また、魚鱗の陣の中央にはフレーベル帝国皇帝ルドルフの姿がある。


 両軍ともに総指揮官は配下の将軍に任せることなく、国王、皇帝自らが指揮を執っている。そのことからも両国ともに譲れぬ戦いであることは火を見るよりも明らかであった。


 両軍は長くにらみ合いを続けるかに思われたが、フレーベル帝国軍により即日開戦。開戦時刻は明朝5時。


 しかし、ヴォードクラヌ王シャルルも帝国軍が数的優位を活かして短期決戦に出ることは想定していたため、迎撃するヴォードクラヌ王国軍に乱れはなかった。


「全軍、一気に前線を押し上げる!シャルルの首級はオレたちが取るぞ!」


 帝国軍は左備えの大将であるスティーブは自身が先頭に立ち、すでに敵将2名を討ち取っていた。スティーブの軍勢を迎え撃つのは王国軍右翼のブレント・メニコーニであった。彼も国王シャルルと共に戦場を駆け抜け、シャルルからの信頼も厚いヴォードクラヌ王国きっての名将軍であった。


「おのれ……!この敵の猛攻を凌げば、寄せ手の勢いも衰えることは必定!防御に徹し、これより先に敵を進ませるな!」


 ブレント率いる王国軍の士気は高く、寄せ手のスティーブ率いる帝国軍はかえって苦戦を強いられてしまう。寄せ手は撃退され、またも寄せては撃退される。さながら浜辺に打ち寄せる波のような戦いであった。


 戦場の東で開戦した帝国軍左翼と王国軍右翼の戦闘。指揮官はそれぞれホルヘとカルロッタ。


 スティーブ率いる部隊が開戦したという知らせを受け、カルロッタ率いる帝国軍が攻撃を開始。ホルヘの側も押されてこそいたが、なんとか踏みとどまっていた。


「……ホルヘ様。敵の勢いが凄まじくて、私たちの方が押されてる」


「さすがは名将カルロッタじゃのう……。これは厳しい戦になるか……」


 数的にも不利であることもあったが、なにより帝国軍を率いている将軍たちが名将揃いなのだ。さらに、スティーブ勢が押していることもあり、帝国軍の士気はうなぎ登りであった。


 左翼と右翼が開戦したことを知り、皇帝ルドルフも前進しようとした矢先、国王シャルル率いる中軍の攻撃を受けた。


「ほう、あの小童が仕掛けてきたか」


「ハッ、ヴォードクラヌ王シャルル自ら剣を振るい、死をも恐れぬ勢いで攻めかかって来ております!」


「3年前にもヤツはマティアスを討ち取っておるゆえ、武勇の方は油断ならぬ」


 マティアス・フレーベル。彼は皇帝ルドルフの嫡男であり、皇太子として将来帝国を率いていくと嘱目されていた。父に劣らぬ才覚があったこともあり、帝国内での支持率も高かったが、3年前にシャルルとの一騎打ちに敗れ、斬り殺された。享年39であった。


 そのことをルドルフは言っているのだ。だが、ルドルフ自身も剣の達人であり、その優れた剣の腕で戦場を50年近く往来し、数多の猛将を討ち取って来た。


 そんなルドルフからしてみれば、シャルルは息子を殺した仇というよりも、『1人の剣士として是非とも手合わせしたい相手』として認識されていた。


 ともあれ、シャルル自らが指揮する王国軍は勢いがあり、守りに徹する帝国軍は押され気味であった。そんな中、前線の将軍がシャルルに討ち取られたという一方が入った。


「陛下、このままでは敵が本陣まで攻め入って参ります!どうか、どうか、戦線より離脱を!」


 臣下からの勧めに対し、皇帝ルドルフは鼻で笑った。


「そなたらは戦にはあまり参加したことがない。そんなそなたらが、何十年も戦場に立ち続けた余に意見するか」


 カラカラと笑うルドルフに、臣下は口をつぐんだ。これ以上は何を言っても無駄だと悟ったためである。だが、ルドルフは臣下を軽く見ていることも、暗愚なためでもない。


 ただただ、この戦いは勝てると戦場で培った勘に従っているのだ。現にルドルフはここ十数年負け知らずである。その事もあってか、戦についての必勝の念があった。


「よし、余自身前に出るぞ!敵の総大将が前におるのに、こちらの総大将が引っ込んでおっては士気など上がるものも上がらぬわ!」


 ルドルフはそう言い残し、家臣が止めるのも聞かず、馬に飛び乗って前線へと駆けていく。とても63歳とは思えぬ身のこなしに驚く者も多かった。が、皇帝陛下に遅れてはならぬと後を追った。


 そうして開戦開始より6時間ほどが経過した昼前11時を過ぎた頃。突如としてナターシャたちを追っていたはずのヴィクター率いる2万の大軍がホルヘの指揮する王国軍左翼へとなだれ込んだ。


 ホルヘがヒメネス領より進軍する際に使用した道から現れた帝国軍。彼らがなだれ込んだことにより、左翼は崩壊。


「ええい!逃げるな!戦え!戦わんか!」


 ホルヘは指揮官として兵士たちを叱咤した。しかし、死を恐怖する兵士たちを言葉だけで止めるのには無理があった。


 すなわち、兵士たちは「死にたくない!」「もうダメだ!逃げろ!」と叫び、逃げ出し始める始末。ホルヘは逃亡兵を斬り捨てながら、慌てて敵兵を迎え撃った。それからまもなくして、直進してきたヴィクター・エリオットに遭遇し、一撃で首を斬り飛ばされてしまったのだった。ホルヘ・ヒメネス、享年42。


 側面からの敵の大軍、指揮官の戦死。この二つだけで総崩れになるには十分すぎた。そうして左翼が崩壊したことで、シャルル率いる本隊も崩れ出す。


 左翼の総崩れの影響は本体だけに留まらず、右翼にまで広がった。こうなってはもはや立て直すことは不可能だった。5万7千という大軍でも、所詮は人の集まり。1人が逃げ出せば我も我もと逃げ出す。そうなった兵士をまとめるのも才能が必要だ。


 ともあれ、この時点で戦の勝敗は決した。戦いはフレーベル帝国軍の圧勝。戦場には打ち捨てられた兵士たちの亡骸が野ざらしとなっていた。


 その戦いで血を浴びなかった草木はないのではないかと思われるほど、丘陵地帯は朱に染まっていた。


 そんなシムナリア丘陵地帯の中央地帯では、帝国軍の勝鬨の声が陽の傾くまで響き渡っていたという。

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