第14話 反逆の狼煙
「姉さん、西方守備軍はやり過ごせて良かったね」
「ええ、彼らも計画に加えても良いとは思いますが、ここはあえて伝えない方が良いでしょう」
ナターシャたちはすでに西方守備軍の守る砦のあるテルクス平原を抜け、王都テルクスまでの一本道を進んでいた。
西方守備軍の守備隊長とナターシャは顔見知りであったが、反乱のことは一言も話さず、ただ負傷兵を連れて撤退してきたことを告げたのみ。
砦の通過前には兵士たちに血のついた包帯を巻かせるなどして、負傷兵を装った。そんな千百名の役者で西の砦を無傷で通過したのだった。
こうして無事にヒメネス領内へと入ることに成功し、後はいかにして王都の内部へ入るかという課題が残るのみとなった。
「確か、城を守っているのはフロイド・ウォードでしたか」
「そうです。が、かのフロイド・ウォードはホルヘに仕える文官ですし、恐れるほどのこともないでしょう」
ナターシャの言葉に返事をしたのは、家臣のクレア。クレアは出陣までに集めた情報をナターシャへと包み隠さず伝えた。
その情報から分かるのは、ホルヘが今回の出陣で武将と参謀は全員で払っていること、残っているのは領内の内政を預かる文官のみ。武将は階級の低い者たちばかりで、東西南北の門を守る門番程度。
さらに、城内に残っている兵士も千に届くか届かないかという数である。それに対して、ナターシャ率いる兵たちは今回の戦で死線を潜り抜けた新兵6百とカルメロに仕えていた近衛兵5百だ。
「ナターシャ様。ここは武ではなく、智でもって制圧なされてはいかがでしょうか?」
策を献じたのは家臣のモレーノ。彼は先代ドミニクに従って戦場を往来すること20年の猛者である。軍師や参謀という役柄ではないが、経験から学べることは新米の軍師や参謀に優るものがある。
「モレーノ、何か策でも?」
「ハッ、策というほどのものではございませんが……」
モレーノの思いついた策を聞いたナターシャはすぐさま採用することを決断。決行は夜、王都テルクスと同時に行なわれた。
「来たれる軍は味方か?敵か?」
「大将は私、ナターシャ・ランドレスです!ホルヘ様より、火急の用を受け、帰国した次第です!」
ナターシャの名はヒメネス領内でも知れ渡っており、そのうえ女性の声で堂々と名乗ったのであるから、まず間違いなくナターシャ本人だろうということで門番たちの意見はまとまった。
次の瞬間には王都の西門が開き、ナターシャたちは一兵も損じることなく王都に入ることができた。そこからもナターシャたちは急ぎ足で王城へと進んだ。
その急ぎ進む様に、王都の民たちは何事かと明かりをつけて見守った。その明かりを眩しく思いながらも前進を続け、荘厳な城門へと辿り着いた。
「それへ参られたるは何者の軍であるか!」
「我らはナターシャ・ランドレス率いる軍である!ホルヘ将軍の命を受け、急ぎ帰還した!願わくばここをお通しあらんことを!」
城門前で大声を上げたのはモレーノ。普段の物静かな態度とは異なる姿に、ダレンもクレアも目を見開いた。そして、固く閉ざされた城門は、5分も経たずして内側から開いた。
「ナターシャ殿、城代のフロイドでございます。ホルヘ将軍からの要件というのは……」
不用心にも八の字に開かれた門の内側にはすでにナターシャ勢が一人残らず駆け込んでいた。そんな中、慌てて宮殿から飛び出してきたフロイド。彼に突きつけられたのは漆黒の剣であった。
「ナターシャ殿、これは一体……!?」
「フロイド殿、我々はホルヘ様より貴殿に代わり城代を任され、帰還したのです」
「そ、それはなにゆえ?」
「敵の密偵を捕らえたところ、帝国軍が隘路を抜け、こちらへ奇襲を仕掛けようとしているという情報を得たのです。その情報を受けて、少数ながら帰還したしだい」
ナターシャは嘘に嘘を重ね、フロイドを欺いた。だが、その直後には西方守備軍からフレーベル帝国軍接近の一方がもたらされ、信じざるを得なくなった。
この帝国軍こそナターシャたちが戦ったヴィクター率いる大軍であった。報告に上がった数をふまえれば、2万。すなわち、後から続いてきていた歩兵の部隊が合流したのだろうとナターシャは推測した。
ナターシャとしても接近は予想外だったが、次に届いた報せにはヒメネス領内に侵入することはなく、シムナリア丘陵地帯へと向かったことが分かった。
2万もの帝国軍と一戦を交えずに済んだことにナターシャは感謝した。それについては、天にいるカルメロがもたらした幸運なのだと思うことにしたのである。
ともあれ、危機を脱したものの、『嘘から出た実』になりかけた時にはヒヤリとしたが、城代の座はナターシャが座っていた。元より、任に堪えうるものではないと判断したフロイドより譲られたのであるが。
そして、ナターシャはホルヘ率いる部隊が戻らないうちに体制を整える必要があると考え、トラヴィスとセルジュの元へ、それぞれセシリアとアマリアを使者に立てた。
「フロイド殿、我々はこの城でヴォードクラヌ王国へと反旗を翻すつもりです。あなたはこのことをホルヘに伝えに本国へ戻るもよし、ここに留まって内応するもよし、隙になさってください」
ナターシャは最大限の敬意を払ってフロイドに接した。確かにフロイドは文官で、軍事には疎いが、留守の間の内政面での活躍にはクライヴも唸らされた。
そんなこともあり、クライヴはフロイドは殺すことなく、取り込むことを勧めたのである。
「……私は本国に妻がおります。しかし、先日こちらへ呼び寄せました。数日の内には到着するのです」
「……つまり?」
「私はナターシャ殿にお仕えします。ヴォードクラヌに未練はありません。何より、ホルヘは私のことを見下し、事あるごとに難癖をつけてきましたから……」
フロイドは心中を吐露した。その言葉に偽りはなく、ナターシャも素直に聞き入れた。同時に、文官であるフロイドには引き続き内政面での事を任せた。
城がナターシャに手に落ちてから2日後。セルジュたち一行が到着した。その中には、マリアナはもちろん、ジェフリーやアリソンといったセルジュの血族の姿も見られた。
「セルジュ殿、健勝そうで何よりです」
「うむ、潜伏しながらもスイーツづくりに興じたりと楽しい日々を送らせてもらったよ。いずれ隠居したらあんな日々を送りたいものだ」
「フフッ、セルジュ殿。まだまだ引退はさせませんよ?」
「ハハハ、そいつは困った!」
ナターシャとセルジュは談笑したりしながら宮殿を進み、カルメロの娘であるマリアナを王城の玉座へ座らせた。
「今、この時よりロベルティ王国の再興とする!」
セルジュの声が玉座の間中に伝わり、空気を震わせた。その場にはナターシャとクライヴの姉弟や、ジェフリーとアマリアの兄妹の姿があった。
まだまだ王国時代の臣下は揃っていないが、再び一堂に会する日も遠くない。そのことはナターシャを含む全員が感じ取っていた。
とにもかくにも、マリアナ・ロベルティを女王に戴き、一度はヴォードクラヌ王国によって滅亡させられたロベルティ王国が再度、建国されたのであった。
その夜は宮殿内に留まらず、王都全域でもお祭り騒ぎとなり、上も下も一体となった王国の復興を祝ったのであった。
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