第13話 漆黒の戦姫VS.帝国最強

 セシリアを馬の背に乗せたクライヴとすれ違い、ヴィクターの前へと滑り込むナターシャ。


 ヴィクターは『ようやくのお出ましか』と言っているかのような視線を向ける。沢を流れる水の音、そして川辺ならではの匂いが辺りに充満している。


 先ほどまではそれだけの音しかなかったが、矢唸りや兵士たちの断末魔、馬のいななく声も混じっている。匂いも兵士たちの血の匂いが混じり、戦い慣れしていない者はその匂いと光景だけで吐き気を催すことだろう。


 そんな中で対峙するナターシャとヴィクター。ヴィクターの側近であり、水魔紋の使い手であるアナベルはアマリアにより足止めされ、他の兵士たちは飛んでくる矢におびえ、逃げ惑うばかり。


 指揮系統が乱れる帝国軍など、恐るるに足らず。もはやヴィクターに加勢しに来る者はいないという状況。


 ナターシャが待っていたのはまさにこの時。敵の大将と一騎打ちができるこの一瞬の隙。


 そうして狙ったタイミングで登場したナターシャ。この機会を逃すまいと果敢にヴィクターへと斬りかかる。


 一合目。目にも止まらぬ速度で繰り出された斬撃と大剣での横薙ぎの一閃が衝突した。その一撃の威力はヴィクターが遥かに優っていた。すなわち、ナターシャの斬撃は弾き返されたのである。


 だが、一撃の威力に重きを置いていないのがナターシャの剣術であり、重点を置いているのは剣速と連撃。相手の一回の斬撃に対して、二回の斬撃で応戦するという手数重視のスタイルだ。


「さすが、アナベルを破っただけのことはある。これほどな強さがありながら、なぜ帝国に盾突く?」


「私は盾突いた覚えはありません。そもそも、盾突いたのはヴォードクラヌ王シャルルでしょう?」


 ナターシャの言うことはごもっともであった。ナターシャたち旧ロベルティ王国の者たちは率先して帝国と戦いたいわけではない。自分たちの国を滅ぼしたたちが勝手におっぱじめた戦争なのだから、当然である。


 その後も大剣と漆黒の剣が火花を散らし、剣をかわすと共に言葉もかわしていたが、ヴィクターも会話の中でナターシャたちにそこまでの戦意がないことは見抜いていた。


「どうだ、ナターシャとやら。先ほどの大斧使いの女戦士にも同じ問いをしたのだが、我らに降るつもりはないか?」


「フフッ、それはありませんね。何度お誘いいただいても、返答は同じです」


 ナターシャとヴィクターは何度も立ち位置を入れ替えながら斬り合った。しかし、何百合と打ち合っても勝負はつかなかった。


 そんな中、クライヴたちのいる方に体の向きを変えた際、クライヴが崖の上で青い旗を振っているのが見えた。あれは事前に決めた、『撤退』の合図である。


 アマリアにもそれが見えたのか、アナベルの斬撃を弾き返し、前蹴りを見舞った。アナベルほどの戦士、蹴りの直撃を受けるはずもなく、盾で受け止めた。だが、アマリアも盾で受けられることを分かったうえで蹴ったため、ナターシャは後ろへよろけた。


 そこでトドメの一撃を見舞うかと思えば、アマリアは背を向けて走り出した。それを逃がすまいと騎馬武者が一騎跳びかかるも、槍を小脇に挟まれ、離れられなくなったところで大腿部を深く斬られた。


 その一撃で落馬した騎兵に代わり、アマリアが馬を操る。すなわち、敵兵から奪った馬で沢を脱出したのである。その撤退の鮮やかさには、アナベルも目を奪われた。


「フン、おおかた撤退の準備が整ったということか」


「ええ、でなければ退く意味はありません」


「だが、そう簡単に逃げられると思うなよ?」


 ヴィクターはそう言い放った。事実、ナターシャも間合いを取れず、戦場からの離脱に手間取っていた。


 そんな時、冷気を纏った矢が一本、双方の間に撃ち込まれる。クライヴが放った矢である。それを皮切りに崖の左右からヴィクターの元へ矢の雨が降り注ぐ。


「チッ……!」


「それではまた、どこかの戦場でお会いしましょう」


 笑みを浮かべながら素早く撤退に転じるナターシャ。味方から撃ち込まれる矢の雨を巧みにかいくぐり、自らの愛馬に鞭打ち、沢を離脱したのだった。


「敵将が逃げたぞ!敵将を逃がすな!」


 ここまで矢に当たらずに生き延びていた帝国兵たちがナターシャの後ろへ。このままついて来られてはマズい。ナターシャは沢に取り残された味方がいないことを確認し、奥の手を使うことに決めた。


「敵将、覚悟!」


 ナターシャのすぐ背後まで敵兵が迫った時。ナターシャは振り向きざまに横薙ぎの一閃を放った。その斬撃は空振りに終わり、敵兵たちは大いに笑った。


 されど、次の瞬間には追っ手の兵たちはへその辺りで体を上下に分かたれ、馬の首までも斬り飛ばされていた。


 それを見た帝国兵たちは追撃を辞めることはなかった。が、次々に首を斬られたり、胸部を横一文字に斬られたりして、立て続けに絶命していった。


 その一連の追走劇を見ていたヴィクターには気づいたことが一つあった。沢の入口を通過しようとしたものが斬られていく。その斬られる高さがまったく同じなのだ。


「マズい、追撃をやめさせろ」


「ハッ、承知しました」


 アナベルはヴィクターの命令を追撃する者たちに伝え、ただちに追撃を中止させた。


「おそらく、これがナターシャの持つ紋章の力だろう」


「紋章の力?ナターシャにも紋章の力が?」


「ああ。ヤツの紋章は空魔紋。この世に七人しか持つ者がいないという七星紋の1つだ」


 七星紋。その中の1つ、空魔紋は空間を斬る力を持つ紋章。すなわち、先ほどの斬撃のカラクリは、ナターシャが空魔紋の力で沢の入口を空間ごと切り裂いた。


 そして、その切り裂かれた空間に触れたため、兵たちは馬共々真っ二つにされたのだ。それを察知したため、追撃を中止させたのである。


「つまり、当分は追撃は不可能だということですか」


「そうなる。だが、永遠に効果が持続するわけではない、石なり矢なり、使えない武器を投げ込んで切り裂かれるかを何度も検証し、それらを投げ込んでも斬られることが無ければ、追撃再開とする」


 ヴィクターの下知はアナベルを介して伝えられた。しかし、敵兵たちが背を向けて撤退していくのを見送ることしかできないことは兵たちに取っても口惜しいところであった。


 そうしてナターシャの空間を切り裂く斬撃で足止めしている間に、ナターシャたちは隘路を抜け、例の分かれ道へと辿り着いた。


「姉さん、この道を西へ向かえば、ホルヘたち本隊と合流することができますが……」


「いいえ、私たちは西へ進まず、東へ進路をとりましょう。今こそ、ロベルティ王国再興の時、一気呵成に王城を奪取してしまいましょう」


 帝国軍との戦いの中でナターシャが感じたモノ。それはヴォードクラヌ王国の敗北である。狭い道と沢に伏兵を配置したから運よく勝つことができたが、真正面からぶつかればフレーベル帝国軍の勝利は揺るぎない。


 つまり、わざわざ負けると分かっているヴォードクラヌ王国の味方をしてやる義理もないのだ。


 そのことはナターシャの口から全軍に告げられた。それも、『異議のある者は西へ進み、ホルヘに密告するように』とも言葉を付け加えて。


 だが、誰一人としてホルヘたち本隊に合流しようとする者はいなかった。今のナターシャの部隊は全員ロベルティ王国出身者ばかりであるからだ。


 こうしてナターシャに率いられた千百の兵たちは真っ直ぐに王都テルクスを目指し始めるのであった。

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