第12話 帝国最強の男
「やぁっ!」
柄と刃に至るまで真紅の大斧がヴィクターの頭上へと振り下ろされる。それを一瞥もくれることなく、容易く大剣で防いで見せる。
その後もセシリアは持ち前の怪力を活かした戦法でヴィクターへと斬ってかかる。だが、ヴィクターもそれに匹敵するほどな力で迎撃してのける。
「ヴィクター様!」
「アナベル、オレのことはいい。目の前の敵に集中しろ」
総大将が攻撃を受けていることに焦るアナベル。だが、彼女にはすでに相手がいる。他でもない、アマリアだ。
アマリアは紋章の力を使わず、剣士としての力量のみでアナベルを翻弄していく。だが、アナベルとてやらっれっぱなしではなかった。巧みに剣での攻撃と盾での防御を切り替え、アマリアの豪剣を受け、隙をついて反撃を加えていた。
戦況的には五分五分といったところではあるが、時間の経過と共にアマリア優勢に傾きつつあった。
――このままではやられてしまう!
そう感じ取ったアナベルは紋章の力を発動させる。アナベルの紋章は水魔紋。その名の通り、水の力を有する紋章だ。アナベルは水流を剣に纏わせ、斬撃を放つ。
一撃の威力は桁違いであるが、アマリアは紋章の力は使わずに剣一本で立ち向かう。アマリアの剣術はナターシャのような速度に重きをおく剣術ではなく、一撃の威力で敵を疲れさせる系統の剣術。
そんな一撃の破壊力に重きをおいた剣術使いのアマリアであっても、紋章の力を発動させた者の相手は疲れる。あくまで疲れるというだけであり、相手の太刀筋を見切って応じるくらいはなんとかなる。
それに、倒すとなると難しい問題だが、今回のアマリアの任務はアナベルの足止め。あくまでも足止めなのである。つまり、戦いを長引かせるにはこのままもつれ込む方が良いのである。
アマリアとアナベルは何度も何度も立ち位置を入れ替え、決着がつく気配は見られなかった。
激闘の最中、アマリアが視線をヴィクターの方へやってみれば、戦っているのはセシリアなのであった。このことに驚きつつも、アマリアは自分のすべきことへと意識を戻す。
そうしてアマリアを驚かせたセシリアとヴィクターの戦いはわずか2,30合ほど打ち合ったところで勝負がついた。
「小娘、オレと30合も打ち合えるとは思わなかったぞ。正直、帝国内でもここまで打ち合えるものは少ない」
「それって、褒めてもらってるということで良いんだよね?」
「そうだ。だが、それもここまでだがな」
大剣を片手で大上段に構えるヴィクター。普通ならここで諦めたような目をする者が多い。しかし、セシリアは違った。自らを奮い立たせ、今一度立ち上がった。
「風魔紋!」
「何ッ!?」
目の前の少女が紋章使いだったことに驚くヴィクター。だが、そう呑気に驚いている暇はなかった。
「やぁっ!!」
「フンッ!」
先ほどから大上段に振りかぶっていた大剣が振り下ろされ、それに真正面からぶつかる真紅の大斧。双方、火花を散らし、衝撃波が巻き起こる。
この時点で、周囲の者は寄ることもできなくなった。それだけの衝撃波と風が辺りに吹き荒れていた。
セシリアは周りに邪魔されない環境だと理解するなり、目の前の大男へと意識のすべてを集中させる。先に動いたのはセシリア。地面を蹴って肉薄すると、ヴィクターも慌てることなく冷静に応じて見せる。
暴風を纏うセシリアの大斧と何も纏わぬ武骨な大剣が力任せにぶつけられる。それまでセシリアの力任せの一撃を片手で受け、弾き返していたヴィクターもこれには両手を用いていた。
それからはセシリアの怒涛の攻勢が続く。あらゆる角度から大斧での斬撃を見舞い、ヴィクターの身に迫る。それをヴィクターも大剣で迎撃してしまう。あらゆる攻撃を受けてもダメージがないこととは違う、絶対防御。
その絶対防御を絶対防御たらしめるのはヴィクター自身の戦闘技術以外にも、セシリアからの攻撃にまったく動じない心。
何事にも動じない大樹のような心こそ、ヴィクターの強さをよく表していた。普通、紋章使いと対峙した時、紋章の力を発動できない者は焦りと恐怖を覚える。それにより、ミスが生まれるため、紋章使いが勝ってしまう。
そういったパターンの戦いもかなり多いため、それにあてはめて考えれば、紋章使いと対峙して冷静さを保っていられるのは異常といっても良かった。
しかし。セシリアの猛攻も長くは続かなかった。先ほどの倍近い5,60合も打ち合った頃、セシリアの攻撃後にわずかながら隙が生じた。
そこへすかさずヴィクターからの蹴りがセシリアの鳩尾へと叩き込まれる。その強力な一撃にセシリアも一撃で意識を手放しそうになった。
それでも意識を手放す瀬戸際で踏みとどまり、続く大剣の薙ぎ払いを後方へ跳んで回避することに成功した。このような技、並みの人間の身体能力では不可能に近い。
すなわり、今の絶妙なタイミングでのヴィクターの斬撃。これは並みの人間なら今の時点で叩き斬っているということになる。
「今の一撃をかわすか。まさかかわされるとは思わなかった」
「それはどうも。でも、さすがに限界だけどね……」
セシリアは肩で息をしているのに対し、ヴィクターは涼し気な様子で膝をつくセシリアを見下ろしていた。
「貴様ほどの強者、殺すには惜しいが、我らに降るつもりはないのだろう?」
「もちろんよ。誰がアンタたちなんかに降るもんですか……!」
息を切らしながらヴィクターへ返答するセシリア。その返答を聞いたヴィクターからは情けのカケラもなく、ただ大剣が振り下ろされるのみであった。
「セシリア、大丈夫かい?」
「……えっ、クライヴ?」
セシリアは死ななかった。それは間一髪のところでクライヴが助けに入ったためだ。クライヴは馬に乗ったまま、ヴィクターの大剣の横っ腹に自らの槍を投擲し、軌道を逸らしたのだ。
そこからはセシリアを抱きかかえ、大地にヒビを入れたヴィクターの大剣を馬を操って飛び越えた。
この思わぬ救援者にヴィクターも驚いた。そんな救援者はナターシャだと思っていただけに、ヴィクターも残念そうであった。
「く、クライヴ、あなたケガをしたの!?」
セシリアを抱きかかえる腕には槍でもかすったのか、出血がみられた。他にも、太ももやわき腹にも刀傷があった。セシリアを助けるため、囲みを破った時に受けた傷だった。
「ああ、これくらい大したことじゃないよ。それより、君が無事で良かった」
「大したことないってアンタね……!」
セシリアは泣きながら怒った。その涙にはクライヴが傷ついたことへの怒りだけでなく、命が助かったという安心感や、命の危険を冒してまでクライヴが助けに来てくれたことへの嬉しさなどが混じっているのだろう。
ともあれ、セシリアは助かった。だが、敵兵の射た矢がクライヴの背中に幾筋も突き立っていたが、セシリアに悟られぬよう顔色一つ変えずに沢の入口へと馬を返していくのだった。
「クライヴ、なかなか見せつけてくれますね」
「姉さん、そんなこと言ってないで、ヴィクター・エリオットの足止めをお願いします!」
「ええ、任せなさい」
馬に乗ったクライヴとすれ違うナターシャであったが、すれ違った直後にはクライヴの後を追って来ていた敵兵2人を斬り伏せていた。斬られた側は、一体何が起こったのか分からぬまま、血だまりへと沈んでいく。
こうして、ようやくヴィクターの前にナターシャが辿り着き、戦いはさらに激しさを増そうとしていた。
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