第11話 一騎当千

 単騎奮戦し、目の前の敵を斬って斬って斬りまくるナターシャに寄せ手も退き始めた。


「ヴィクター様、私にも出陣の許可を。このままでは、無駄に屍を重ねるだけです」


「だが、アナベル。あの女騎士、相当手強いぞ。見ている限り、さすがの俺でも倒すのはいささか骨が折れそうだ」


「それは分かっております。ですが、ヴィクター様のお手を煩わせるわけにはいきませんから」


 ヴィクターは一度首を縦に振ったのみで、それ以上は何も言わなかった。引き留める言葉が見つからなかったのである。


 許可を貰ったアナベルは勇躍してナターシャの前へと踊り出た。ナターシャも相手が自分と同じく女性であることを物珍し気に観察していた。


 アナベルは左手で手綱を握り、右手には直長剣を引っ提げていた。剣の長さはナターシャもアナベルも同じくらいであった。ただ1つ異なるのは、アナベルの左手には丸盾が装備されていること。


 アナベルが得意とするのは盾を用いた上での、剣術。対するナターシャは盾を使わない剣術である。


 その2人はひしひしとお互いの実力を感じ取りながら、馬を走らせた。


「初手から全力でいきます!」


 馬を走らせるアナベルは水魔紋を発動させ、剣に水流を纏わせる。対するナターシャは動じることなく馬を寄せるのみ。


 互いの間合いに入ったところで壮絶な斬り合いとなった。これまで戦いらしい戦いにもならず、ナターシャが一方的な勝利を収めてばかりのため、ヴィクター配下の騎兵たちから歓喜の声が上がり、応援の声が飛び始める。


 ヴィクターもそれを戦いの供としながら、愛臣の戦いぶりを見守った。無論、アナベルが危ないと見れば、助けに入るつもりではいる。


 そんな3千の聴衆に見守られながら、アナベルとナターシャは馬上で壮絶な斬り合いを演じた。しかし、ナターシャはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。


 対するアナベルはナターシャにまだまだ余裕があり、本気を出していないことは表情を見るまでもなく分かっていた。


 自分の全力が遠く及ばないことに愕然としつつ、これほどの猛者がいることに世の広さを感じてもいた。


 こうして両雄剣を打ち合うこと40合。アナベルは背を向けて逃げ出した。逃げ出したと言えば聞こえは悪いが、その日ナターシャと戦って、初めての生還者といえば凄さが分かることだろう。


 ともあれ、その後も腕に自信のある者が次々にかかっていき、無様に屍をさらした。こうして一騎打ちだけで20名近い戦死者を出した頃、ナターシャは今が潮時だと感じ、馬を返した。


 ヴィクターは戦死した部下たちに一礼した後、追撃を再開した。逃げるナターシャを追うのは5騎。その後ろにヴィクターやアナベルが続いた。


 細くくねくねとした崖道を減速することなく駆け抜けていく様は馬に乗り慣れた帝国兵から見ても、異様であった。


 ――こんな北の果てにこれほどな馬の乗り手がいたとは。


 そう追撃する者たちは思っていた。そして、何度目かのカーブに差し掛かった時。先頭の騎兵の眉間に矢が突き立った。


 一列になって追撃しているため、先頭が倒れ、崖から落ちていくと、すぐ後ろの1騎も巻き添えとなり、底の見えない谷底へと落下していくのであった。


 ナターシャもそうなることを見越して、敵が曲がり角に差し掛かるまでに矢を番え、振り向きざまに一矢を放ったのである。その素早さと正確性、さらに相手の動きを読む力。


 3つが合わさっての技なのだが、本人には人間離れした技を行なったという自覚はない。その後も細い崖道を疾駆し、行きに休息を取った沢へと到着した。


「姉さん、こっちだ!」


 沢を抜けた先の森で赤い旗を振っている弟を見かけ、ナターシャはもう一度馬に鞭打った。


「クライヴ、もうじき追っ手が殺到します!なのに、まだこんなところにいたのですか!?」


「姉さん、まずは僕の話を聞いてくれないか?まずは、こっちに来てくれ」


 敵から見えないよう、茂みの奥へと誘われるナターシャ。彼女はそこでクライヴの策を知らされた。


「つまり、ここで敵が足を止めるかどうか。それにかかっているわけですね」


「そうなるね。でも、敵は必ず足を止めるよ」


 クライヴの自信に満ちた顔。そんなものを見てしまえば、それ以上ナターシャも反論することはできなかった。


 ナターシャは沢の左右の崖に登り、沢の側を垣間見る。すると、敵の騎兵3千はすでに到着していた。


 てっきり、敵も自分たちを追って、沢を駆け抜けていくとばかり思っていたが、ヴィクターたちは意外にも沢で足を止めた。


「ヴィクター様、馬も隘路を長時間駆けたため疲れています。沢もあることですし、ここで水分補給をなさっては?」


 アナベルに言われ、周りを見回せば部下たちの馬も疲労しているのは分かった。もちろん、細い崖道を駆けた兵士たちも神経をすり減らしているのは明白。もはや休息を取るよりほかはなかった。


 こうしてヴィクターたちはクライヴの術中へ落ちた。兵士たちが馬を降り、兵士たちが手で水をすくって飲んだり、馬に水をやったり、付近にこしかけて駄弁り始めた頃。


「放て!」


 左右の崖から待っていたとばかりに矢の雨が浴びせかけられる。高所から放たれる矢は、次々に敵兵を射止めていく。


 ヴィクターたちの進行方向から見て右側に潜む弓隊の指揮官はモレーノ。反対に左側にはダレンが大将を務める弓隊が埋伏していた。


 こうして矢が雨あられと射かけられる中、モレーノはさらなる指示を出した。


「皆の者、敵の馬を狙い撃て。いかに騎兵でも、馬が無ければただの歩兵だ。これこそ、我らが逃れるうえで一番の時間稼ぎとなる」


 モレーノの説明に静かに頷いた兵士たち。次に矢を番えた時からは敵の馬を優先的に射始める。馬に矢が突き立ち、鮮血が飛び散る。倒れる馬も数知れずだが、急所を外れた馬たちは暴れ出し、迎撃すべく陣形を整えようとしていた帝国兵を蹴散らしていく。


 馬が暴れ出したことで帝国軍は支離滅裂な状態であったが、ダレンたちの側も次々と敵を仕留めていく。こうして半分近い帝国兵が射殺され、ますます立て直しがきかなくなっていく。


「アマリア、あの盾を持った蒼髪の女剣士の相手をお願いできますか?」


「それは構わないけど、もしかしなくとも強い……ですか?」


「ええ。あなたなら一合交えれば分かるはずです」


 ナターシャからの言葉にニヤリと獰猛な笑みを浮かべるアマリア。彼女もまた、強者に餓える1人の戦士なのである。


 そこからはあっという間だった。アマリアが単身、隠れていた茂みの奥からはい出し、沢へと突入していく。


 ナターシャもそれに続き、ヴィクターの元へと疾駆する。そう、ナターシャがクライヴから頼まれたのは、ヴィクターたちの足止め。


 先にアマリアが突撃したのはアナベルの相手をさせるため。ヴィクターに斬りかかる者がいれば、まず相手をするのはアナベルら側近たちだからだ。


 ナターシャがそれらをやり過ごし、直接ヴィクターと戦うためにも、アマリアは重要な役回りとなる。しかし、そこで予想外の出来事が起こった。


「ナターシャ、アタシが出る!」


 栗毛の馬に乗り、ナターシャを追い抜いていくのはセシリア。愛用の大斧を引っ提げて、ヴィクターへと斬りかかっていった。


「クライヴ、偵察に向かったクレアが戻り次第、撤退できる者から順に撤退させてください」


「ああ、分かったよ。それより姉さん、セシリアを……!」


「ええ、任せなさい」


 クライヴも駆けだすナターシャの背を見送り、撤退の準備を始めた。クライヴの胸にはセシリアのことは心配だが、ナターシャなら何とかしてくれるという確かな安心感があった。しかし、何もできない自分を呪いたい気持ちになったのも確かであった。


「やっぱり、姉さんに任せてばかりというのは……!」


 ……ここへきて、迷いに迷うクライヴなのであった。

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