第17話 今後の方策やいかに
ユリアから情報を得た翌日、玉座の間にて重臣会議が行われた。参席したのは、女王マリアナと宰相のセルジュはもちろんのこと、王国軍総帥のトラヴィス、近衛兵長ナターシャ、外交を受け持つクライヴとそれを補佐するジェフリーの6名であった。
議論の決定は多数決とすることや、そこにマリアナを加えず、残る5人で行なうことなどが事前に定められた。
「それではまず、フレーベル帝国と戦うか戦わないか。それについて話をしましょう」
「うむ、それでは戦うことに反対の方は挙手を」
マリアナの言葉をセルジュがつなぐ。そして、セルジュの言葉に賛成だと手を挙げた者は3名。3名とは、セルジュ、ジェフリー、トラヴィスである。
「それでは戦うことに賛成、帝国と一戦交えるべきという方は挙手を」
セルジュの言葉により、戦うべしと意思を表明したのはナターシャとクライヴの2名であった。
「それでは、多数決の原則に則って帝国とは戦わず和することとする」
セルジュの締めの言葉により会議は終幕となった。だが、そのまま解散とはならなかった。それはマリアナがナターシャとクライヴに話を振ったからである。
「2人に聞くわ。先ほど、帝国と戦うべきだと手を挙げていたけれど、何か考えあってのことかしら?」
マリアナを含め、その場にいる全員が帝国とは戦わないことに賛同するものだとばかり思っていた。それゆえに、ランドレス姉弟が戦うことに賛成するとは予想外であった。
姉弟は視線をかわし、ナターシャの方が口を開いた。すなわち、どちらが答えるか、
「それでは、不肖ながらナターシャが答えさせていただきます」
ナターシャの言葉にマリアナは静かに頷き、セルジュたち3名も口を閉じ、黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
「クライヴがどうかは分かりませんが、私は帝国の立場から考えてみたのですが……」
ナターシャは自分が考えるところを述べた。帝国の側から見れば、ロベルティ王国などちっぽけな小国であること。つまるところ、シムナリア丘陵地帯での戦いにて帝国軍に敗れ去ったヴォードクラヌ王国軍にも勝てなかった取るに足らない国だと。
帝国の側から見れば、そうなるわけだが、ナターシャから改めて言われ、マリアナもセルジュもハッとした。
そう、戦わないとなればロベルティ王国は同盟という形を取り、フレーベル帝国の同盟国として国を維持するつもりであった。だが、帝国から見れば、弱小国を相手に対等に同盟を結ぶことを受け入れるだろうか。
ナターシャの意見により前提が覆ったのだ。トラヴィスもセルジュたちに遅れて、考えが変わりつつあった。
すなわち、フレーベル帝国と戦わないとなれば、ロベルティ王国は同盟を組むことはおろか、従属という形になる可能性が高い。向こうが勢いそのままに滅ぼしに来る可能性まである。
もはやヴォードクラヌ王国軍が壊滅的な打撃を被った以上、次に狙われるのはここ、ロベルティ王国なのだから。すなわち、自分たちを平らげることを含めて北方平定作戦なのではないかと。
考えてみるとゾッとした。だが、マリアナは再びナターシャに問うた。『フレーベル帝国と戦うとして、勝算はあるのか?』と。
勝算が無いのに戦ったところで、それこそ滅亡は避けられない。至極当然の疑問であった。
「……勝つとは言い切れません。ですが、それはあくまで長期戦を想定しての話です。短期決戦であれば、勝利することは可能でしょう」
「なるほど。じゃあ、初戦で勝利を収めた後、有利な状況で改めて帝国側と交渉するということでいいのかしら?」
「はい、マリアナ様が今おっしゃられた通りです。これが私の考えついた最良の方策だと信じます」
マリアナはクライヴにも意見を求めたが、ナターシャと同じ意見であると答えたのみであった。だが、ナターシャの述べた方策により改めて議論が行われていた。
そんな折、一報が入った。
報せの内容は実に驚くべきモノであった。ヴォードクラヌ王シャルルの嫡子、ルイス・ヴォードクラヌが早々と帝国軍に投降したというのである。
シムナリア丘陵地帯の戦いの際、ルイスは王都レシテラに残されていた。王都に残っている将軍たちも決戦の備えをしていたのだが、王子であるルイスの命により開城。
帝国軍の前に王都レシテラまで逃れてきた1万もの大軍があった。率いていたのはシャルルの次男、エルンストであった。すなわち、ルイスから見れば実の弟にあたるわけだが、ルイスのしたことは無情であった。
すでに降伏と決めていたルイスは、エルンストに降伏するか徹底抗戦するのかを問うた。そこでエルンストは正直に徹底抗戦のつもりだと答えた。
その答えに対してのルイスからの返事は矢の雨によって行われた。頭上に降り注ぐ矢の雨。これにエルンストは涙を流しながら、兄との決別を理解させられた。
エルンストは配下の者に命じ、王都レシテラの北西にある古城レアキネに向かい、現在は帝国軍15万相手に籠城戦を挑んだ、と。
そして、帝国へ下ったルイスは良い心がけであるとして、皇帝ルドルフから領土の半分を安堵された。これは極めて破格の扱いである。さらに、肩書としてはヴォードクラヌ王国改めフレーベル帝国ヴォードクラヌ領と相成り申した。
ルイスは帝国に投降し、ヴォードクラヌ領主となった。すなわち、この瞬間ヴォードクラヌ王国は滅亡となったのである。
マリアナも自分の父と祖父母を殺した者たちの末路を聞き、複雑な表情をしていた。されど、時は乱世。自分たちを滅ぼした相手を別の国が滅ぼすなどよくあること。
ともあれ、重要なのは『ヴォードクラヌ王国は滅亡した』ということである。つまり、帝国は古城レアキネを落とすだけの兵力を残し、こちらへ向かってくる可能性が高いのだ。
「ナターシャ。お前は帝国軍相手でも短期決戦なら勝てるとか言ってたな。それはどの程度の数を想定してのことだ?」
「……1万ほどを想定してのことです。敵もいきなり全軍を上げて攻めてくることはない、と踏んでのことでした」
つまり、ナターシャの想定も甘かった。そのことをジェフリーは容赦なく指摘した。ヴォードクラヌ王国の滅亡という衝撃的な報せをもって議論はふりだしに戻ってしまった。
「会議中失礼致します!緊急事態です!」
突然、大きな音を立てて玉座の間の扉が開いた。そうして玉座の間に入って来たのは、クレアであった。
「この無礼者!断りもなく玉座に貴様程度の身分の者が入ってくるなど……!」
ナターシャの一家臣にすぎないクレアが玉座の間に許しもなく入ったことにジェフリーは怒った。だが、マリアナに制止され、怒りの矛を収めた。
「それで、緊急事態というのは?何事かあったのですか?」
「ハッ、フレーベル帝国軍八千が攻め込んで参りました!すでにテルクス平原にある砦は陥落、西方守備軍は城を枕に討ち死に致しました!」
西方守備軍の数はおよそ八百程度。十倍近い敵に不意を突かれたのであれば、防戦することも難しかっただろう。
ともあれ、事態は急を要する。敵はすでにキバリス平原に入ったというなら、王都テルクスまでは数日のうちに到着する。早急に迎撃準備を整えなければならない。
「トラヴィス殿は至急南方に戻り、南方守備軍の半数でも良いから連れて戻って参るのだ!」
「ああ、言われるまでもねぇ。このまま南方に戻らせてもらう」
トラヴィスは勢いそのままに玉座の間を退出。残る者たちで北方守備軍と東方守備軍に援軍要請を出した後、籠城の支度に取り掛かるのだった。
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