第9話 本隊から離れて

「全軍、出陣じゃ!」


 ついにホルヘたち2万を超える大軍勢は城を出て、ヒメネス領を出発した。ヒメネス領を出てすぐ。とある脇道があった。


 地元の者に聞くと、そこは目的地であるシムナリア丘陵地帯の南東に出る最短ルートらしく、そこを進めば敵の意表を突ける。


 それでも今回の進軍ルートとして使用しないのは、道が狭い隘路のため、大軍を通ることは難しい。そのうえ、丘陵地帯に近いところには左右が崖となっており、右には高い崖がそびえ、左には底の見えない谷間が口を開けている。


 また、丘陵地帯から離れた場所は切り立った崖が残っており、川が流れている沢が続く。


「ホルヘ様、このわき道を進みたいのですが……」


「何?このわき道は道が狭く、軍を進めるのには向いておらぬぞ」


「それも承知の上です。ですから、私自身が千騎余りを率いて進み、敵の背後に回り、兵糧部隊などを奇襲するのです。そうすれば、王国側有利に戦を運べるのではないでしょうか」


 ナターシャは行軍しながらホルヘへと頼み込んだが、ホルヘはかなり渋っている様子であった。何分、成功すれば利が大きいのは確かだが、失敗すれば大損害となる。そんなハイリスクハイリターンな提案を聞けば、戸惑うのも無理はない。


 そうして馬上で押し問答を続けていると、前方から兵士が走って来た。


「ホルヘ様!大変です!」


「何事だ?もしや、道が崩れていたりしたか?」


「いえ、ユリア様率いる先鋒部隊が数十名の賊に襲われました!」


 ホルヘとナターシャは押し問答をやめ、慌ててユリアの先鋒部隊に急行。すると、ユリアの部隊と交戦している賊の中にナターシャも見知った顔がふたつあった。


「モレーノ!ダレン!何をしているのですか!?」


 黒馬を走らせ、2人の前へと躍り出る。その馬上のナターシャの顔を見た両名は武器を放り捨て、地に伏せた。


「ナターシャよ。この者たちはそなたの知り合いか?」


「ええ。当家の家臣たちです。キバリス渓谷の戦い以来、行方知れずとなっていたのですが、まさかこのようなところで再会することになるとは……!」


「……では、その者たちの処遇はナターシャに任せよう。部隊に加えるなり、処断するなり好きにするが良い」


 時間がない中で面倒ごとを起こしたくないのか、ホルヘはモレーノとダレンたちの身柄をナターシャに預け、再び行軍を再開させた。


 ナターシャはモレーノとダレンを連れて、自分の部隊へと戻り、キバリス渓谷の戦い以降のことを尋ねた。


「2人とも、どうしてこんな場所に?」


 今いる場所はキバリス渓谷を抜けた先にある森林地帯。戦いの後、この辺りに身を隠していたであろうことは推測できるが、一応聞いてみることにしたのである。


「ハッ、ドミニク様が戦死なされた後、残る兵たちをまとめ、トラヴィス将軍の部隊と合流してキバリス平原で再戦したのですが、力及ばずで……」


 モレーノは申し訳なさそうな態度でナターシャにこれまでのことを語った。震える声からは悔しさがにじみ出ている。モレーノの息子のダレンは隣で男泣きしている。


 ちなみに、モレーノはクレアの養父、ダレンはクレアの義弟であるから、2人の生存を確認できた嬉しさからクレアもぽろぽろと涙をこぼしていた。


 そんな涙溢れる場所でナターシャは部隊を停めて、2人から話を聞いているのである。だが、モレーノの話からキバリス渓谷とキバリス平原での戦いの情景が鮮明に浮かんでくる。


 それだけに、ドミニクを戦死させてしまい、家臣の自分たちがのうのうと生き残ってしまったことなどの口惜しさはこれでもかというほどに伝わった。そして、2人は国境付近でヴォードクラヌ王国本国からヒメネス領へと向かう商隊などを襲ったりしていたことも語った。


 ナターシャもこの付近を荒らしまわっている賊の話は聞いていたため、正体がモレーノたちだったことに思わず笑みがこぼれた。ともあれ、久々の主従の再会ということもあり、部隊全体がお祝いムードであった。


「申し上げます!トラヴィス将軍から使者が参りました!」


 突然の伝令だったが、トラヴィスからの使いということで、急いで通した。停戦の約定を違えて、3国の内の1国でも攻め入って来たのかと思ったためである。


「久しぶり!ナターシャ!」


「トラヴィス将軍からの使いはセシリアでしたか」


 なんと、使者としてやって来たのはセシリアであった。セシリアはトラヴィスの愛娘であり、クライヴの婚約者である。


「それで、用向きは?」


「お父様からナターシャ様たちに同行するように言われちゃって。でも、特に断る理由もないし、こうして追いかけてきたってわけ」


 セシリアの加勢は予定していなかったことだが、セシリアの強さはナターシャ自身よく分かっているため、断ることはしなかった。


 ただ、1つ心配なこととしては……


「そうだ、セシリアの部隊所属はどうしよう?姉さんの方はクレアがいるし、モレーノとダレンはそのまま加えるとして……」


「なら、クライヴの隊に加えれば良いではありませんか?」


 ナターシャは少々からかうようにセシリアをクライヴの部隊へ入れるよう促した。クライヴも恥ずかしそうではあったが、セシリアにその提案を持ちかけた。


「まぁ、そこしか空きがないのなら仕方ないね」


 このような感じで、仕方なくという空気全開であった。セシリアとクライヴは婚約者ではあるが、セシリアはひ弱なクライヴのことを婚約者として、男として認めていないのである。


 もとより、この婚約自体双方の親、ドミニクとトラヴィスが勝手に決めてしまったため、本人の意思は完全無視となっている。


 クライヴとしては、セシリアは長い緑色の髪をサイドテールにした美人であるため、異論はなかった。ロベルティ王国内でセシリアに匹敵する美人を探すのは困難を極めると言われているほどに。


 だが、セシリアは昔から自分より弱い男とは結婚しないと豪語しているほどな女性であった。それゆえに、自分よりも弱いクライヴなど眼中にないのだ。


 それはさておき、一応セシリアはクライヴの指揮下に入るということで話はまとまり、進軍を再開することとなった。その前に、ナターシャはクレアを使いに立たせ、ホルヘにわき道を進む許可を貰いに行かせていた。


 モレーノとダレンはこの辺りの道に詳しいというありもしないウソをでっちあげてまで、進もうとしているのである。ナターシャもなかなか思い切ったことをする。


 そう、部隊の誰もが思っていた。しばらくすると、使いに立っていたクレアが戻って来た。


「クレア、どうでしたか?」


 ナターシャからの言葉に、クレアは親指と人差し指をつなげ、『オーケー』の合図を出した。


「全軍、これよりこの先のわき道を進みます!前の者に遅れないよう、付いて来なさい!」


 ナターシャが先頭となり、脇道へ進む千余騎。先頭はナターシャ率いる部隊で、従う将軍はクレア、モレーノ、ダレンの3名。続く部隊はクライヴの指揮する部隊であり、従う将軍はセシリア。そこから最後尾までの部隊はマリアことアマリアの部隊となる。


 歩兵を主とする部隊ではあるため、騎馬隊に比べれあ進軍速度は遅い。しかし、部隊には騎兵が合わせて百騎ばかりいるため、その騎兵をモレーノに指揮させ、ダレンも付けたうえで物見役とした。


 こうして脇道へと入ったナターシャたちはフレーベル帝国軍の背後に回るべく、全速力で前進していくのであった。

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