第8話 迫りくる破滅の足音

 マリアことアマリアがナターシャの隊に加わってから数カ月。季節は豊穣の秋を迎えた。


 先の新兵たちの訓練も欠かさず行なわれ、ナターシャたちも指導に当たっていた。そんなある日、ナターシャは領主ホルヘからの呼び出しを受けた。


「ホルヘ様、急な呼び出しとは、何か緊急事態ですか?」


「うむ。本国からこれが届いたのじゃが……」


 ホルヘから受け取った書簡を読んだナターシャは驚きに眼を見開いた。


 書簡に記された内容をザックリまとめると、『南の隣国フレーベル帝国に侵攻の兆しアリ』ということになる。


 ロベルティ王国を滅ぼしたヴォードクラヌ王国は、ここルノアース大陸の北部を完全に掌握し、北方の覇者となった。そして、王国が領土を広げるには南下するのみとなっていた。


 そんな状況の中、フレーベル帝国が攻められる前に攻めようというのか、戦争の準備を始めたというのである。


 その自体の変化は早馬によって、ホルヘの元へももたらされ、急いでナターシャに意見を求めるべく、呼び出した。それが呼び出しの真相であった。


「……して、ホルヘ様はどうなさるおつもりですか?」


「うむ、大至急本国に援軍に向かいたいと思っておる。それゆえに、まずは南の3国とは平和的に事を済ませたいとは考えているのじゃが……」


 考えてはいるが、良い案が出ない。それがホルヘの本心であり、ナターシャを呼んだ理由である。


「でしたら、期限付きの停戦というのはいかがでしょうか?」


「停戦……それも期限付きとな?」


 すでに何度か小競り合いが起こっているため、戦を停めるという意味でナターシャは停戦という言葉を用いた。だが、ホルヘが引っかかったのは期限付きの部分だ。


「はい、期限なしの停戦期間となれば、領土拡大も難しく、北への領土拡大を狙う3国をなだめることは難しいかと」


 シドロフ王ビクトル、フォーセット王クリスティーヌ、プリスコット王ラッセルの3名が同盟を結んだのは、表向きはロベルティ王国に対抗するためであり、裏では北へ領土拡大を目論んでいることは、これまで積極的に国境を侵してきていることからも明らかである。


 つまり、ここで永久的な停戦を持ちかければ、3国は領土拡大という目的を達せられなくなるため、絶対に了承しない。それゆえに、期限付きの停戦を持ちかけるというのが、ナターシャの案である。


 ホルヘもナターシャからその説明を受け、最良の方策であると称賛した。


 つまり、ホルヘは即日ナターシャのプラン通り、3国に期限付きの停戦を持ちかけた。


 ――だが、このナターシャの案には続きがある。


「ホルヘ様、3国が拒否した場合の別の挨拶をご用意ください」


「それは攻め込むということか?これでは平和的な解決とは程遠いと思うのじゃが」


「いえいえ、南方守備軍にはいつでも出陣できるように兵糧や武具を予め送るのです。そして、その動きを予め噂として3国に流すのが良いかと」


「ふむ、つまりは要求を呑まなければ滅亡することになると脅迫するわけか」


 脅迫。ナターシャにとって、平和的な解決には時にが不可欠であると考えていた。それゆえに、この案を提示するに至ったのだ。


 結果から言えば、この脅し外交は成功を見た。南方守備軍は兵糧武具の補給も十分で、出撃準備を終えていることが使者の到着する頃には噂として広まっていたことが大きかった。


 敵がすぐにでも攻めてくるかもしれないという緊迫感に満ちている中、その相手から期間限定の停戦が持ちかけられた。


 3国としては、迎撃準備が整っているなら突っぱねたことだろうが、3国には重大な問題が起こっていた。それは、豪雨による農作物の不作。それだけでなく、豪雨によって川が氾濫し、川沿いの集落や都市に甚大な被害をもたらしていた。


 要するに、とても戦争など出来る状態ではないということだ。そんなところへ北方の覇者たるヴォードクラヌ王国が攻めてくるとなれば、真っ先に滅亡の二文字がよぎる。


 もはや3国が停戦に乗らない理由がなかった。3国はその日のうちに、停戦を受け入れ、結果として平和的解決を見た。


 これでホルヘも南方を顧みることなく、安心して援軍に赴くことができる。だが、ホルヘは用心に用心ということもあり、念のため南方守備軍の大半を動かさず、防衛に当たらせることを決断した。


 ともあれ、南方守備軍を残してもホルヘ率いるヒメネス領の兵は2万1千となった。攻め込んできた際の兵士とロベルティ王国の兵士たち、ヒメネス領となってから徴兵した者も加えれば妥当な数である。


 そんな大軍を率いてホルヘは本国へと戻る運びとなり、本国からは今月末にはヴォードクラヌ王国とフレーベル帝国の国境付近に広がるシムナリア丘陵地帯に集結する命令が下っているため、即日出陣することに決まった。


 総大将は当然ホルヘが務め、先鋒にはホルヘと共にロベルティ王国を滅ぼした遠征軍で副将をしていたユリア・フィロワが選ばれた。


 ちなみに、このユリア・フィロワこそナターシャの父ドミニクを射殺した女なのである。この女の弓の腕前はナターシャも認めるほどであり、むしろこれほどの射手に射られたのならば仕方ないとあきらめがついてしまうほどの弓の名手であった。


 そんなユリアのことは、クライヴやクレア、アマリアも快く思っていない。むしろ、3人とも隙あらば殺そうとするほどである。それを毎度毎度ナターシャが制しているというのは、ここだけの話。


「ナターシャよ。そなたには我が軍の副将を任せたい。これまでの軍を率いての戦いの功績を鑑みれば、適任だと思ってな」


「承りました。その任を全うできるよう善処します」


 まさか副将に選ばれると思っていなかったこともあり、ナターシャは内心驚いていた。だが、相変わらずの無表情である。


 そのことをクライヴやクレアに伝えたところ、喜びはしたが、歓迎はしていない様子だった。


「ナターシャ様。此度の出陣こそ反乱の絶好の機会かと思いますが、どうするつもりですか?」


「確かに、クレアの言う通り絶好の機会です。とはいえ、情報不足が否めません。何分、フレーベル帝国が勝つのか、ヴォードクラヌ王国が勝つのかによって、動き方も変わってきますから」


 ナターシャとしては情報不足の現状で反乱を起こすかどうかを決めるのは危険だと感じているのだ。今なら確かに上手くいくかもしれないが、ちょっとしたことでつまづくと、一気に計画倒れすることになる。


 これまでの準備のことを思えば、慎重に動かなければならない。ナターシャ自身、ここは早まってはいけないと自身に言い聞かせているところだ。


「姉さん、ホルヘが留守の間、この城は誰が守るのか、話に出てきましたか?」


「ええ、確かフロイドという文官が留守を預かるという話だったはずです。将軍たちはみな出陣するわけですから、そのフロイドという人物しか城代が務まる者がいなかったのでしょう」


 城を守るのは文官。これを聞き、クライヴは付け入る隙はいくらでもある。本当に反乱を成功させるなら今おいて他にないと思った。だが、それを説かれてもナターシャの心は1ミリも動かされなかった。


「ともあれ、私の出陣についてはクライヴとクレアにも付いてきてもらいます。もちろん、アマリアも連れていきますが」


 つまり、王都に残るのはナターシャとクライヴの母、シャノンのみ。シャノンも剣を振るわせればかなりの戦力になるが、シャノン以外協力者がいない状態では、内部から反乱を起こすのは厳しい。


 クライヴは反乱のことで頭を悩ましながら部屋を退出した。ナターシャはクライヴが納得していないことは見抜いていたが、その上で放置することを決め込んだのだった。

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