第7話 思いがけぬ志願者

 朝独特の静けさを破るドアノック。ナターシャはクライヴかクレアのどちらかだろうと推測し、ドアを開ける。


 ドアを開けた先に居たのは、ナターシャの予想通り、クレアだった。朝なのに近衛兵の制服をピシッと着こなし、茶色の長い髪もポニーテールにしており、早朝からすでに仕事モードであった。


「クレア、いつも朝早くから身だしなみが整っていて、羨ましいです」


「それはナターシャ様が朝に弱いだけなのでは?どうせ、夜遅くまで書類仕事でもしていたんでしょうけど……」


「フフッ、さすがクレア。よく分かったわね」


 ナターシャは何がおかしいのか、クスクスと笑っているが、正直クレアには彼女の笑いのツボが分からない。


 それに、書類仕事をしていたのは、部屋の入口から見える窓際のデスクを見れば一目瞭然。恐らく、『書類仕事』がどういうことなのかが分かっていれば、そこら辺の子供でも分かることだろう。


 そんなクレアとナターシャは二歳違いで、ランドレス家で姉妹のように育ってきた。ちなみに、ナターシャの方が年は上だ。


 しかも、クレアはクライヴと同い年ということもあり、ナターシャが2人の面倒を見ることが多かった。また、ナターシャは母のシャノンから剣術を学び、クレアはクライヴと共にナターシャの父親であるドミニクから槍術を学んでいた。


 と、そんな幼少期からの付き合いであるクレアから見て、ナターシャは貴族令嬢としては見習ってはいけないと感じていた。だが、一介の武人として、騎士としては、見習うべきところが多く、尊敬するに値すると感じている。


「ナターシャ、例の件の進捗はどうですか?」


「今のところは順調です。ただ、1つ問題が……」


 例の件とは、ナターシャがホルヘから要請されている近衛兵の増員のことだ。ホルヘからのナターシャへの信認は厚く、日を追うごとにそれは厚くなっていっていた。


 その中で、ホルヘからナターシャ率いる近衛兵の人員を増やすことを提案され、ナターシャもそれを受け入れたのだ。


 こうして増員することが決まったまでは良かったが、そう上手く人員が集まるわけもなく。指揮官がナターシャということもあり、畏敬の眼差しで見られることはあっても、所属したいと思う者はいないのである。


 それでも着々と人員が集まり、1ヶ月ほどで倍近い数、千人に達した。そして、クレアの言う問題とは、兵が増えても小隊の指揮を執れる人材がいないということであった。


 そんなところへ、クライヴが息を切らしながらナターシャの部屋へと駆けこんできたのだった。


「姉さん……!」


「クライヴ?どうかしたのですか?」


「ああ、志願してきた者の中に――」


 クライヴが話をしている最中、透き通った金髪を肩にかかるくらいで切り揃えた女性が髪を揺らしながら部屋へと入って来た。


「お姉さま!」


「あら、アマリアでしたか。もしかして、クライヴが話そうとしていたのは……」


 アマリアに突き飛ばされ、うつ伏せに倒れているクライヴ。そんな彼がコクリと頷くのを見て、アマリアが志願してきた兵士だとナターシャも理解した。


「ボクもお姉さまの配下として戦いたい」


「そうは言っても、あなたがルグラン家の人間だと分かれば……」


 当然、父のセルジュはどこにいるのかという話になり、その過程でマリアナの居場所がバレてしまう可能性が高い。


「大丈夫、ボクもボロは出さないし、書類には偽名を使ったから」


 ナターシャは彼女から手渡された書類に目を通す。すると、氏名の欄には『マリア』と記載されていた。


「なるほど、アマリアから『ア』を取ってマリアですか。安直ですが、顔見知りでなければバレることはないでしょう。第一、あなたは初陣もまだですし、敵兵に顔を見られたこともありませんから」


 そう、アマリアはまだ戦場に立ったことはない。港町近辺で敵兵を襲っていたが、あれは初陣とは数えがたい。なにより、名前も名乗っていなければ、フードを被って顔も見せていないのだから。


「分かりました。クレア、を詰め所と訓練所に案内してください」


「……はい、分かりました」


 クレアも本当に大丈夫なのか、不安に思いつつ、ナターシャの部屋を後にした。もちろん、アマリアも一緒だ。


「クライヴ、あなたも仕事に戻りなさい。私もすぐに行きますから」


「ああ、よろしく頼むよ、姉さん」


 クライヴは倒れ込んだ時に打ってしまったのか、わき腹をさすりながら、ゆっくりと退出していった。


「さてと、アマリアが来たとなれば、彼女に指揮を任せても良いかもしれません。ですが……」


 ナターシャは気づいた。そこに1つ問題があるということを。


 他の新兵たちがアマリアを指揮官として認めるのか。それがナターシャの中で引っかかった。だからこそ、そこはアマリアの実力を兵士たちの前で示す必要がある。


 ナターシャは急いで近衛兵の制服を身に纏って、クライヴの後を追った。


 そして、数分の内に追いついたナターシャはクライヴに耳打ちした。クライヴも其の案に賛成し、『それじゃあ、やってみよう』という流れとなった。


 クライヴは新兵たちが集まる場所にて、剣の腕前を競う模擬戦を行なうことを発表した。最初は兵士たちも乗り気ではなかったが、勝ったものを新兵のリーダーにすることを発表すると、6名ほどがやる気を見せた。


 そこで、クライヴは全員ではなく、やる気を見せた者のみでトーナメント戦を行なうこととし、手はずを整えた。そこへ、クレアに案内されてアマリアがやって来た。


 クライヴからアマリアへトーナメント戦のことが話され、アマリアはナターシャの目論見通り、トーナメント戦に参加することを決めた。


 だが、ここで1つ予想外の出来事が起こった。


「クライヴ様。トーナメント戦と申しましたが、ボクとボク以外の方々との試合にしてもらいたい」


 クライヴも最初は冗談のつもりかと思ったが、アマリアの目を見て熱意を感じ取った。これにより、アマリア対その他全員という一見すればアマリア不利な条件となった。


 しかし、クライヴよりその報告を受けたナターシャはアマリアの圧勝に終わると予言した。曰く、1対6ではアマリアには背伸びをしても敵う者はいない、と。


 結果はナターシャの言う通り、1分とかからず、6名の大の男がアマリアに正面から叩き伏せられることとなった。


 そして、そんな彼女の実力を目の当たりにした6名はもちろん、模擬戦を見物していた他の新兵たちもアマリアが部隊を指揮することを認めざるを得なかった。


 いや、これほどの強者が指揮を執ってくれるのならば……という感情を持つ者が圧倒的多数だった。


、新兵たちの部隊の指揮を執るのに1つ、条件を付けたいのです」


「それは何でしょうか、お姉さま」


「決して、紋章の力を使ってはなりません。もし使えば、あなたのことはホルヘの耳にも入り、セルジュ様、マリアナ様へと累が及ぶことは避けられませんから」


「……分かりました。この剣の腕一本で指揮を執って、ナターシャ様に貢献できるよう努めます」


 ここに話はまとまった。アマリアことマリアは近くの農村からやって来た平民であると身分を偽って報告を行なった。さらに、紋章の力も使わないことなどの条件を付け、指揮を執れる立場に任命した。


 思いがけぬ志願者に驚かされたナターシャたちであったが、とりあえずのところは事態を丸く収めることができたのであった。

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