第4話 紋章の力

 思いがけぬ紋章の力を持つ者――紋章使いとの戦闘に手こずるクライヴとクレア。相手は炎を操る炎魔紋えんまもんの使い手。


 対して、クライヴは氷を操る氷魔紋ひょうまもんの使い手であるが、クレアは紋章の力を持っていない。


 紋章は他にも、風魔紋、水魔紋、地魔紋、雷魔紋、光魔紋などがあり、この7種類が基本的な紋章の属性となる。


 また、基本的に紋章を持たない者は紋章を持つ者には戦闘では勝てない。だが、それは本人の戦闘技能によって異なる。これまでにも戦闘技能の高い紋章ナシが紋章使いを破った例は数多ある。


 それでも、不利なことには違いない。現にクレアは押され気味であり、紋章の力を使わずにいるクライヴもまた然り。


「クライヴ様、紋章の力は使えますか?」


「ああ、ほんの一瞬だけでも僕への攻撃を代わりに防いでくれればね」


「……分かりました。アタシが本当に少しの間だけ注意を引くので、その隙に――」


 そう言い残すなり、クレアは槍を手に連続で突きを見舞う。されど、相手も『その程度の攻撃どうということはない』とでも言わんばかりに剣一本で捌ききって見せる。


 そんなクレアと剣士の戦闘がもつれこんできた時、冷気を纏った槍が相手の喉目がけて肉薄してきた。クライヴだ。


 短くきった黒髪を風に揺らしながら、クレアと同等の速度の突きを繰り出す。だが、紋章の力が合わさることで、一撃の威力が段違いである。


 相手も軌道を逸らして捌いたり、真正面から技をぶつけたりして威力を相殺したりしていたが、まだまだ相手の剣には余裕が残されていた。


 その余裕を潰さんとクレアも槍を揃えて挑んでいく。こうして戦いが膠着したかに見えた時、炎を纏う剣の一撃を受け止めたクレアが力負けし、後方へ吹き飛ばされた。


 クライヴもそれに驚きつつ、しばらく防戦に努めていたが、さすがに限界であった。紋章の力では同等だったが、基礎的な体力と技の駆け引きでは相手の方が上であった。


「グッ……!」


 クライヴは突きをかわし、側面に回って来た相手によって地面に叩き伏せられ、相手はその間にナターシャの眼前へ。


 しかし、炎を纏う横薙ぎの一閃は空振りに終わった。確かに騎乗していたはずのナターシャはこつ然と姿を消していたのだ。


 相手がどこかと探していると、後ろから感じたわずかな殺気を見逃さずに、頭を伏せた。相手の予感じた通り、漆黒の剣が首の代わりに風を斬りながら頭上をかすめていく。


 冷や汗を流しながらも炎魔紋の使い手はクライヴとクレアを退けた実力を持って斬りかかる。


 烈閃30余合、文字通り火を散らす戦いだったが、漆黒の剣は炎の剣を弾き返し、受け流し、あらゆる斬撃を迎撃してのける。


 ナターシャの剣にはまだまだ余裕があり、それは相手に焦りを覚えさせた。だが、ナターシャは紋章の力もナシに、剣一本で相手の攻撃を捌いていく。


 そこには圧倒的な場数と確かな経験の差があった。ナターシャは剣を握れば、倒せない敵はいない。それは自他共に認めるところ。


 そんな彼女にとって、紋章の力の有無など些事に過ぎなかった。それからも圧倒的な剣の技量で相手を寄せ付けず、相手の体力をジリジリと削り取っていく。


 そうして戦うこと数分。相手の技の切れ味が鈍ってきたところで、剣を弾き飛ばし、回し蹴りで相手を地面に叩き伏せた。


 取り押さえた相手のフードを外してみれば、ナターシャの見知った人物であった。


「やはりアマリアでしたか」


 アマリア。そう呼ばれた女性は肩口で切りそろえた金色の髪を持つ少女。そして、アマリアとナターシャの家は家族ぐるみで付き合いがあり、何かと会う機会も多かった。


「ナターシャお姉さま。ボクは……」


 アマリアは斬りかかって来た理由をナターシャに語った。だが、その理由はいたってシンプル。ただ1年ぶりに手合わせをしてみたかっただけだった。


 このアマリアという少女はナターシャの剣捌きに惚れ、自らも剣を振るうようになった。彼女の家、ルグラン家は名家であり、代々ロベルティ王国の宰相を務めてきた高貴な家柄である。


 そんな高貴な家柄の彼女が剣を振るうなど、一族の者たちは非難の眼差しを向けた。しかし、ルグラン家当主であり、滅亡時まで宰相を務めていた父セルジュだけはアマリアを温かい目で見守り、反対する一族の者たちを抑えてくれていた。


 アマリアは父の行動を恩に感じ、その恩に報いようと努力した。結果、1年前にはナターシャからも『王国随一の剣士は私だが、次席はアマリアである』と言わしめるほどの腕前となった。


 ナターシャもアマリアとの手合わせは楽しいと感じていた。それを今回の戦いでも同じ楽しさを感じていてため、『もしや』と思い、斬り捨てる方針から生け捕りにする方針へ切り替えたのである。


 今の今まで対峙していた相手がアマリアであることが分かると、クライヴとクレアはホッとした。1年前にナターシャと真正面から斬り合えるような人物が相手だったのなら、勝てなくて当然だという想いが湧いてきたのである。


「アマリア、あなたがここにいるということは……」


「はい。お姉さまの想像の通り、父も兄もこの先の港町におります」


 ナターシャはアマリアの口から『兄』と聞いた時、内心では嫌な気分だった。それはクライヴもクレアも同じで、アマリアの兄にあたるジェフリーは自らの家柄を誇りに思っており、王族と自分の親類縁者以外を軽蔑視しているのである。


 要するに、自分のことを見下してくる人間を嫌いにならずにおれようか。いや、ない。絶対にない。


 だが、ナターシャはアマリアの父セルジュがいるのは幸運だと思った。セルジュは宰相として、長年王の片腕として国営を担ってきた大物である。


 貴族としての人脈は広く、信望も厚い。なにより、大局を見ての話ができる。つまり、話し合いで解決するには最も適した相手ということ。これを幸運と呼ばずして何と呼ぶか。


 結局、ナターシャたち5百の兵はアマリアとその部下たちに案内される形で、1人もかけることなく港町に入ることができたのであった。


「アマリア、戻ったか!」


「ボクもみんなも無事さ。それと、父さんに会わせたい人も連れてきたよ」


「何ッ!?恋人を連れてきたとかなら、父さん容赦しないぞ!」


 腰に佩いている短剣の柄に手をかけながら、セルジュが視線を移すと、アマリアの後ろには漆黒の戦姫と呼ばれるナターシャが完全武装した状態で突っ立っていた。


 いかにセルジュとはいえ、武術はからっきし。一瞬のうちに敵わないと悟り、短剣の柄から自然と手を放してしまっていた。


「セルジュ様。お久しぶりです」


「おお……!そなたも無事だったか!城が落城したと聞いて、そなたらの安否は気にかかっていたのだ」


 セルジュの靴の前でひざまずき、礼を示すナターシャ。彼女に対し、セルジュもまた膝をつき、あたたかな眼差しで迎えた。


 セルジュもまた、ナターシャの父であるドミニクとは日ごろから親しく、トラヴィスも加えてロベルティ王国の三傑などと謳われていた。


「ドミニクの戦死はすでに聞いた。あれほどの強者にしては、あっけない最期であった」


「はい。敵の伏兵に遭い、弓矢で真眉間を射られたと聞き及んでおります」


「だが、貴殿はドミニク以上の英傑。必ずや王国を再建するであろう」


 ナターシャは返答に困った。セルジュは信用に足る人物であるが、自分の今の考えを伝えるべきか、まだ完全に見定められていなかった。


「フッ、さすがに返答に困るか」


 セルジュはニヤリと笑いながら、ひと際大きな建物へとナターシャ、クライヴ、クレアの3名をいざなった。


「さてと、ここで腹を割って話し合おう」


 奥の部屋に通されると、そこには思いがけない大物が椅子に腰かけていたのであった。

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