第3話 反乱を平定せよ

「姉上、話し合いで解決するのは良いとして、具体的な策はあるのですか?」


 クライヴは素朴な質問をぶつけた。しかし、平定に同行する身としては、自分の命にも関わること。聞かずについていくなど、目隠しをした状態で死という落とし穴へのこのこと歩いていくようなものである。


 ゆえに、この場で確認しておきたい。クライヴはそう思い、質問を姉にぶつけたのだ。


「ええ、あります。反乱軍と私の思うところの共通点を用いれば、目的の一致ということで収めることは袋の中の物を取り出すよりも簡単なことです」


 クライヴは分かるような分からないようなナターシャの返答を聞き、なんとしても詳しい内容を聞きだそうと躍起になった。


 しかし、ナターシャはニコリと笑顔を浮かべながら、クライヴの追及をのらりくらりとかわしていくだけなのであった。


 この人、無策。たいていの人はそう思い、ナターシャについていくことはしないだろう。だが、弟であるクライヴには分かる。姉は考えなしに突っ走るような事はしない。


 子供の頃からそうであり、それは今もそうなのだ。ゆえに、必ずナターシャには考えがある。ただ、それを自分に明かしてくれないだけなのだと。


 結局、押し問答の末にクライヴは何を得られず、その日は大人しく自分の部屋へと戻った。


 空が夕陽で赤く染まる頃。部屋に残ったのはナターシャとクレアのみ。そこでようやくクレアが口を開いた。


「どうしてご自分の考えをクライヴ様にお話にならなかったのですか?」


「フフッ、クレアにも分かるでしょう?クライヴが顔に出やすい性分だと。内に秘めたものを表に出さない人であれば、私も言葉を濁したりはしませんでした」


「なるほど、それだとアタシにも明かしてはもらえないということですか」


「そうなりますね。ですから、当日のお楽しみということで、ここは引き下がってもらえますか?」


 主君であるナターシャからの頼みを断わる術をクレアは持たなかった。何より、クレアはナターシャへ絶対の信頼を寄せている。それゆえに、ナターシャとの先ほどのやり取りだけで、確かな安心感があった。


「さて、明日には出発ですから今日は早めに休むことにしましょう」


 ナターシャは1人になるなり、ベッドのうえで疲れた体を休めるのだった。


 ――そして、次に目を覚ました時には、近衛兵を率いる者としての覇気を纏い、淡々と出陣に向けての準備を整えていくのだった。


「ナターシャ様。みな揃っております」


 人数確認や必要物資の確認を行なっていたクレアからの報告を受け、ナターシャは愛馬にまたがった。黒一色の装備を身に纏う女騎士に視線が集まる。その数多の視線に臆することなく、ナターシャの声が兵士たちを穿つ。


みな、聞きなさい!今、領内で反乱が相次いでいます!それらを鎮め、平和を取り戻すことこそが今回の任務です!」


 ナターシャの演説。言葉は当たり前のことを言っているだけだが、どうしてか引き付けられるものがあった。だが、ナターシャの声、動き、口調。そういったものは自然と人を惹きつけた。


 それはナターシャの魅力であり、演説の上手さは昔から主君であるカルメロから褒められることも多かった。


 結果、5百の兵たちの士気は向上し、戦意あふれる様子で城門を抜けていった。曰く、自分たちがこの旧ロベルティ王国領に平和を取り戻すのだ、と。


 それだけ士気が上がったのは、演説を行なったナターシャ自身のこともある。将軍の中では、兵たちを鼓舞し、近衛兵を率いて戦う姿に見惚れる男は多い。中には、ナターシャに指示を飛ばされることが快感となっている者がいるくらいだ。


 また、ナターシャはロベルティ王国内の将軍たちの中でも一般市民や兵士たちからの人気が高かった。それもそのはず。ナターシャは部下想いであり、それはトラヴィスに負けず劣らずなのである。


 何が言いたいかと言えば、今現在指揮しているナターシャ率いる近衛兵たちの中で、すでにナターシャの評価は高い。ゆえに、演説の前からすでに士気は高かったのだ。


 その高かった士気を限界まで引き上げたのが、ナターシャの先ほどの演説だっただけのこと。


 だが、近衛兵たちは数日後に落胆することとなった。そう、演説まで行われれば、戦いになるものだと兵士たちは思う。


 結果として行われたのは戦いではなく、話し合い。戦争かと思いきや、平和的な話し合いなのだ。ガッカリしないでくれ、という方が無理というモノだろう。確かに、港町に進軍する途中で武装集団に襲撃こそされたが、負傷者すら出なかった。


 その話し合いは王都テルクスから東へ徒歩3日の港町にて行われた。東方守備軍の駐屯する港町に差し掛かる手前には、森林地帯が広がり、夏らしく木々も青々としている。話し合いをするべく、そんな天然の避暑地を抜けている最中、フードで顔を隠した一団からの襲撃を受けた。


 襲撃者たちは遠巻きに槍や剣で進行を妨げているのみであった。それでも近衛兵たちの間に動揺はあった。


 ナターシャも襲撃するなら、木々や草で視界が悪いここが最適であるのに、まったく攻撃をしてこないことを不審に思っていた。


 ――自分ならここに弓兵を埋伏させ、指揮官を射させるのに。


 そう思いつつ、警戒して辺りを見回していると、ナターシャの前に腰からサーベルを下げた人物が現れた。


「貴様、ナターシャ・ランドレスだな」


「ええ、確かに私がナターシャですが……」


 どうして自分の名前を知っているのか。それを聞く前に、相手がサーベルを抜き放った。


「ならば、相手にとって不足はない!覚悟!」


 ――剣での勝負において生まれてこの方負けを知らないナターシャに斬りかかるとはなんと愚かな。


 そう兵士たちは思った。だが、指揮官である彼女の手を煩わせるわけにはいかない。近衛兵の数名がたちどころに進路を塞いだ。


 しかし、その剣士は近衛兵たちを瞬く間に制圧。その剣先がナターシャに触れるかに見えたその時、槍を持った二人の人物が割って入った。


「下がりなさい!アンタみたいなならず者を相手にするような方ではないんだから!」


「いかにも。姉さんが相手をするまでもない。ここは僕が相手をさせてもらうよ!」


 突然のことに普段とは異なる口調のクレアと普段通りのクライヴ。立ち塞がったのはこの2人だった。


 先に仕掛けたのはクレア。槍先を真っ直ぐに相手の喉元へ向け、そのまま突きを放つ。相手はこれに対し、剣で槍先を逸らしながら剣の間合いに踏み込む。


 こうなれば、槍では敵の攻撃を弾くのが手一杯となる。されど、戦っているのはクレア一人ではない。


「僕のことを忘れてもらっては困るね!」


 文字通りの横槍を入れ、クレアと剣士の間合いをこじ開ける。クレアもそのことについてお礼を述べるも、すぐに2人で穂先を揃えて敵に向かっていく。


 すると、相手の剣が炎を纏う。紋章の力を発動させたのだ。そのことはクライヴもクレアもひと目で分かった。


 紋章とは、人間の中でも1万人に1人ほどの確率で生まれる特別な力のことである。基本的には貴族階級に多く見られるが、平民でもその力を発現させるものがいる。


 つまり、目の前で紋章を使用している相手は貴族階級である可能性が高いということになる。


 クライヴは自らも紋章の力を発動させるべきか悩んだが、悩んでいる間にも相手は攻撃に攻撃を重ねてくる。完全にクライヴは後手に回る形となり、クレアが加勢してもその流れは変わらないままなのだった。

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