第2話 思いも寄らぬ命令

 ロベルティ王国がヴォードクラヌ王国によって滅ぼされた日から一週間。ナターシャはホルヘから命じられるまま、軍務をこなす日々を送っていた。


「時にナターシャよ。そなたにはロベルティ王国の武将どもに縁故がありはせぬか?」


「縁故でございますか?あるにはありますが……それがどうか致しましたか?」


 どうしてこのような質問をされるのか。何か、目を付けられるような事をしたか。そのような問いが頭の中をグルグルと巡る。だが、その心配は杞憂に終わった。


「うむ、ワシが領主になってからというモノ、領内で反乱が相次いでおるのは知っておろう?」


「はい。東と南で反乱が起こっており、中でも南が一際大規模であると聞き及びましたが」


 ロベルティ王国が滅びた後。ヴォードクラヌ王シャルルの命令によってホルヘがそのまま領主となり、旧ロベルティ王国領はヴォードクラヌ王国ヒメネス領と名を改めた。ちなみに、ヒメネスとはホルヘの家名である。


「まったく困ったものじゃ。大人しくワシに従っておれば良いモノを……」


 そう語るホルヘの表情には思い通りにいかない腹立たしさが前面に出ていた。それを心の中で『ざまぁみろ』と思いつつも、ナターシャは得意の無表情ポーカーフェイスで聞き流していた。


 かつてロベルティ王国には東西南北に4つの部隊が配置されており、それぞれを東方守備軍、西方守備軍、南方守備軍、北方守備軍と呼び分けていた。


 西方守備軍は西からヴォードクラヌ王国軍が攻め込んできた際にナターシャの父であるドミニクと共に戦い、初戦のキバリス渓谷の戦いにて壊滅。


 北方守備軍と南方守備軍は続くキバリス平原の戦いで援軍に駆けつけたものの、ヴォードクラヌ王国軍に撃破されている。さらに、残る北方守備軍はロベルティ王国滅亡の翌日にホルヘに投降した。


 そして、先ほど話に上がった東と南での反乱。これらはどちらも守備軍が抵抗を続けているのである。


 北方守備軍と東方守備軍は隣にどの国とも接していないことから、千余りの兵士しか配置されていない。東方守備軍はロベルティ王国が滅亡する戦いにおいて、援軍が間に合わず、一度たりともヴォードクラヌ王国軍と干戈を交えていないのである。


 よって、東方守備軍からしてみれば、一度も戦っていない相手に降伏するなどメンツが許さないのである。そういった事情で抵抗を続けているのである。


 残るはキバリス平原の戦いで敗れた南方守備軍だが、南方守備軍はトラヴィス・ハワードという人物が総大将を務めている。この人は先に戦死したナターシャの父、ドミニクの唯一無二の親友なのである。


 この男が大斧を持って現れれば敵兵は鎌に刈られる雑草のように散らされ、部下たちのためなら王族相手でも譲らない部下想いな人物として王国内でも有名であった。


 そんな敵からは恐れられ、味方からは慕われるトラヴィスが南方守備軍だけでなく、敗残兵を容れて1万近い数で南方を占領している。すなわち、ホルヘがもっとも手を焼いているのはこの南方であった。


 そもそも、南方守備軍は9千近い数が駐屯している。ではなぜ、それほどまでに駐屯している兵士の数が多いのか。それは南に3つの国と境を接しているためである。西から順に、プリスコット王国、シドロフ王国、フォーセット王国という。


 各々6千ほどの兵士しか有していない小国であるが、3国はそれぞれ同盟関係にあるため、足並みを揃えて進軍して来れば2万に迫る数となる。


 ゆえに、それに備えて大軍を配置しなければならない。そして、大軍をまとめる将器があると国王パヴェルから見込まれたのが、かくいうトラヴィスなのであった。


「ナターシャよ。そなたはなぜワシが南方の反乱を平定するのを急いでいるのか、分かるか?」


「それは総大将が人望のあるトラヴィス将軍だからではないでしょうか」


 ナターシャは言葉に詰まることなく、スラスラとホルヘからの問いかけに答えて見せた。それをホルヘはニヤリと笑いながらこう返した。『違う』と。


「ワシが恐れるのは、南の3国とトラヴィスが手を組むことじゃ。すでに先日、密使を捕らえたのじゃが、そこに手を組むことが記されておったのじゃ」


 ナターシャがホルヘからさらに詳細な情報を聞きだすと、密使はシドロフ王国からであることや、『今は長年の怨恨を忘れ、共に手を組み、憎きヴォードクラヌ王国に対抗しよう。貴殿がこの胸を承諾するならば、我ら3国は支援を惜しまない。良い返事を待つ』という文面まで判明した。


 さすがのナターシャもその事は知らなかったため、心の中で1人唸っていた。トラヴィスがどう動くのか。これによって、今後の身の振り方も大きく変わることとなる。


 トラヴィスが3国と協力して向かってきた場合に、自分はどちらに味方するのか。協力しなかった場合、トラヴィスは南北から挟み撃ちにあってしまうのではないか。


 色々と考えが巡る中、ホルヘから1つ提案がなされた。それは、ナターシャが思ってもみない内容であった。


「ナターシャよ。そなたに東と南の反乱の平定を命じる」


「私が……ですか?」


 あまりにも予想外な展開に、さすがのナターシャも戸惑った。そして、色々と考えた末に、ホルヘからの命令を受けた。


 このことはすぐにクライヴとクレアの耳にも入り、ナターシャの部屋で口論となった。


「姉さん、どうして反乱を鎮める命令を受けたんだい?大体、今の僕たちに反乱を鎮められるほどの兵力があるとでも?」


「クライヴの言う通りだ。兵力など、私の元にはない。せいぜい、近衛兵の生き残りが5百といったところか」


 事実、ホルヘからはナターシャの指揮下にあった近衛兵の指揮権を再び与えられている。同時に、クライヴとクレアを副官としての立場も取り戻すことも成功していた。


「ナターシャ様。ホルヘからはなんと言われたのですか?鎮圧した場合の恩賞や鎮圧できなかった場合の罰則などは……」


「クレア、良い質問です。ちょうどそれを話そうと思っていたところでした」


 ナターシャはホルヘから告げられたありのままを2人に語った。恩賞はナターシャとクライヴの母、シャノンの無条件釈放。さらに、釈放する際にはホルヘの腹心を切り捨てたことは不問に処すこと。罰則は将軍位の剥奪。すなわち、鎮圧に失敗すればホルヘの下では二度と軍を指揮することができなくなるということとなる。


 つまり、この反乱を鎮められなければ、ナターシャは軍の指揮を執れる立場ではなくなり、母シャノンの罪は不問にはならず、監獄生活を送り続けることになる。


 そんな危険性リスクを負ってでも、ナターシャはホルヘの信用を得ることを優先した。


「確かに、5百の兵で東と南の反乱を平定することは難しいでしょう。ですが、それは真正面から戦う場合においてのみです」


「まさか、話し合いをして矛を収めてもらおうとか……」


「その通りですよ、クライヴ。よく分かりましたね」


 クライヴはナターシャの返答に思わずため息が漏れた。そんな話し合いで解決するほど、甘くはない。それはクライヴが感じている事であり、クレアもナターシャも感じてはいる。


 そんな話し合いで解決など子供でも思いつく。問題は、どう折り合いをつけて平和的解決を図るか。この一点に尽きる。


 はたして、目の前で女神のように優しく微笑むこの姉は何を考えているのか。クライヴは頭を悩まるのであった。

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