第2話 幸せな日常と出征前の非日常
リーさんと友人は明け方まで話し続けた。
これも日常である。
そして、話疲れたリーさんを背負って家まで帰る。
それがヤムさんの日常でもある。
週に1度はそういう日がある。
そんな日は、帰宅してリーさんと寝て、ヤムさんは午後出勤するのだ。
この国ではそんな人が沢山いる。
でも、今日はヤムさんは眠れなかった。
眠っているリーさんも見ておきたかった。
リーさんをベッドに寝させ、ヤムさんはベッドの下でリーさんの寝顔を見ながら、リーさんが起きるまで、リーさんの髪を撫でて過ごした。
普段、午後出勤しているので、リーさんがどのくらい寝ているのか知らなかったが、
リーさんは夕方まで寝続けた。
おそらく、いつもこうなのであろう。
夕方目を覚ましたリーさんは、自分の顔を見ているヤムさんを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「おはよう、ヤムさん」
「おはよう、リーさん」
そのあと、2人はキスをした。
ただ唇と唇を合わせるだけ。
でも、その数秒がとても長く感じた。
ヤムさんが気持ち長く触れていたからかもしれない。
リーさんは嬉しそうだった。
ぼんやりしたリーさんを起こして、ヤムさんは冷蔵庫にあった果物を取り出して、2人で分けた。
普段は絶対にしないが、2人でベッドに座りながら寄りかかって、その果物を食べた。
甘い汁が口いっぱいに広がる。
果物を持つ手と反対のリーさんの手をヤムさんは優しく繋いだ。
リーさんの手は白く細くほわほわだ。
ヤムさんは今にもその手が壊れそうな、そんな気持ちにさえなる。
「何がしたい?」とも「何をする?」とも聞かなかった。
ヤムさんはリーさんと繋いだ手を繋ぎ続けていたかった。
ドンッ
窓の外で激しい音と地響きと振動が伝わってきた。
リーさんが驚いて、ヤムさんの体に自身の身体を埋めた。
ヤムさんはその身体をしっかり抱きしめた。
窓ガラスがギシギシと揺れる。
しばらくしてその振動が止んだ。
「何、今の・・・」
リーさんが怖々と身体を起こした。
ヤムさんはリーさんをベッドに座らせたまま、窓ガラスの外を見に行った。
暗くなってきた外で見えるのは、いつも見えるはずの星が見えないほどの煙で覆われた外だった。
ドンドンドンドンドン
今度はヤムさん達の家の扉が激しく叩かれた。
「開けろ!!」
聞き慣れない男の声だ。
ヤムさんは咄嗟にリーさんをトイレの個室に隠した。
「だれですか?」
ヤムさんは声の主に聞いた。
「いいから開けろ!!」
ヤムさんは扉をゆっくり開けた。
そこにいたのは、軍の制服を着た男だ。
「何の用ですか?」
「お前、ヤンさんか」
男はさっきまでの荒々しさから大人しくなり、ヤンさんを見た。
「俺だ、ツーガイだ」
ツーガイさんはヤンさんとリーさんの幼馴染だ。
「ツーガイさん?」
「さんは要らねぇ。もう既婚者だ」
そうこの国では未婚の男女は「さん付け」で呼ばれ、既婚者は「敬称なし」で呼ばれる。
ただし、国の役人は別だが。
「で、何の用なんだ?ツーガイ」
「リーさんを探している」
「なぜ?」
ナムさんは悟られないように冷静を装った。
「出征者だからだな」
「なんだそれ?」
「お前、ニュースくらい観ろよな」
ツーガイは話出した。
日本国に頼まれて、戦争に人手を出すこと。
そして、その出征者に渡す荷物を配り回っている、と。
「お前のとこにいると思ったんだがなぁ・・・」
困った様子のツーガイ。
「ツーガイさん」
ヤムさんは後ろから声がして振り返った。
そこにはリーさんが立っていた。
「ツーガイだな。結婚したから」
「久しぶり、ツーガイ」
リーさんはツーガイから出征の説明を受け、出征に持っていく荷物を受け取った。
「リーさん、なぜ結婚しなかった」
ツーガイの問いにリーさんは笑っただけだった。
「また来る。外には出るなよ」とツーガイは言って、去っていった。
出征の荷物は大きいリュックサック1つ。
中に入っているものとその中に入るものであれば、何を入れてきてもいい、とのことだった。
中に入っているものは忘れないように持って行くこと。
そして、『自力で持てなくても良い』ともツーガイは言っていた。
リーさんはとりあえず受け取ったリュックサックを背負ってみた。
それだけでも相当な重さで、リーさんの力で背負えるのはあと少しくらいだ。
ヤムさんはユンさんからもらった物をリーさんに見せた。
「ユンさんから」とは言わなかった。
リーさんは嬉しそうにどれを持って行くか選んだ。
選んだのは全部食べ物だった。
「なんでこんなに手袋??」
とリーさんは不思議そうだった。
ユンさんはリーさんの綺麗な手を傷付けたくなかったのだろう。
いつも「羨ましい」と呟いていたから。
リーさんとリュックサックの中を確認した。
中身は、軍手・防寒グッズ・懐中電灯・笛・ウェットティッシュ・ティッシュ・タオル・何かのスプレー・ペットボトルの水2本などなどが入っていた。
「やっぱり軍手って必要なのかな?」
軍手を見て、ビニール袋に入っている軍手を3枚ほど追加していた。
荷造りが終えると、リーさんは戸棚からショコラケーキの焼き菓子を出してきた。
「食べよ」
リーさんが特別な日に、と隠していたと思われる。
コンビニで売っていて、リーさんが気に入っていたものだ。
いつでも買えるから。
でも、いつでも食べたい時に食べたいから。
そんなリーさんは気に入った物を置いておくクセがあった。
ヤムさんはそれを知っていて、そこに隠してあるものが減っていたら、こっそり足していた。
2人でベッドに寄りかかって、ショコラケーキを食べた。
いつもと変わらない味に、リーさんはとても嬉しそうだった。
リーさんは小さなことに喜べる。
リーさんは身近なことに嬉しさを見つけられる。
リーさんはいつも幸せそう。
だから、特別扱いをされる女性だ。
自分にはもったいないと、ヤムさんは思ったこともある。
どうして、そんな女性を自ら手放すようなことをしなくてはいけないのだろう。
どうして、そんな女性を戦地へ送り出さなくてはいけないのだろう。
どうして、俺ではなく彼女なのだろう。
ヤムさんはリーさんを見ながら思わずにはいられなかった。
本当なら来週は婚約指輪を買いに行く予定だったのに。
リーさんにその話をすると、リーさんには断られた。
「戻ってきたときに、今買えるモノよりもっと良いモノをちょうだい」と。
リーさんは一度決めると頑固だった。
入籍の日程だってそうだ。
ヤムさんは「明日でもいい」と言ったが、「最初から決めていた日がいい」と言い張った。
理由は聞いていない。
こういう時、リーさんは理由を聞いても教えてくれないからだ。
リーさんが入浴をしている間に、友人に連絡をし、買える金額の最大の額の指輪を頼んだ。
シンプルで丈夫なもの。
それでいて、リーさんらしいもの。
そう伝えて、リーさんの眠った隙に友人に届けてもらった。
その日もヤムさんは眠らなかった。
リーさんの寝顔を見ながら、
友人に届けてもらった指輪の箱をリーさんのそばに置いて、夜を過ごした。
時折外では、上から何かが降ってくる音と共に地響きが聞こえた。
***
ヤムさんは気付かない内に眠って、夢を見ていた。
それはとても幸せな夢だった。
リーさんと一日中一緒にいて、リーさんも愛して、リーさんのお腹の子どもを愛でた。
リーさんはいつも笑顔で、だからこそ、その笑顔を守りたいって思いでいた。
子どもも一緒に守るんだ。
そうだ、俺が一家の主だ。
俺がしっかりしていれば、リーさんも子どもも守ってやれる。
リーさんのそばにはいつだって、優しい人達が溢れていた。
だから、安心して仕事が出来たんだ。
お腹の子どものことも、みんなから愛されている。
リーさんなら大丈夫。
元気な子どもを産む。
そんなリーさんを俺が支えていくんだ。
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