苗木の章

 貴女の瞳に何が映っているのか……

 それが僕には分からない。

 けれど、それが決して明るくて、微笑ましい未来でないことだけは判る。



 気付いた時には、愛しいと思っていた。

 それが友としてなのか、はたまた恋慕の情なのかなど幼い僕には判らなかった。

 けれど、それがもしも恋だとしたならば、僕はおかしいのだと、だから、家族に対してと同じ情でしかないと僕は思い込もうとしていたんだ。



 でも、貴女の瞳の奥にある影は、決して僕ではなかった。

 僕以外の誰かであることは確かだった。



 ただ、共に学ぶ内に、共に生きる内に、段々と、共にありたいと、翡翠の中に僕を映し出して欲しいと願うようになっていったんんだ。


「寂しくなるな……」


 そう溢した貴女は、自分の声に驚いたようにさっと口元を隠した。

 その仕草が愛らしくて、その気持ちが嬉しくて、僕は堪えきれずに微笑む。

 離れがたいと感じているのは、きっと僕のほうが何倍も上だ。



 だから僕は、せめて僕が貴女の記憶から消えてしまうことがないように、さして背丈は変わらないが、華奢な貴女の眼前に片膝を付いて跪く。

 そして、貴女の柔く、小さな手を取り――


「必ず戻って参ります。貴女の元に」


 ―――そう言って、手の甲へと唇を落とした。



 貴女は知らないでしょう?

 貴女が女性であると知った時、僕がどれだけ嬉しかったか。

 貴女は知らないでしょう?

 この手の甲に口付けをする所作が以前は婚姻を申し込む作法であったことを。

 貴女は知らないでしょう?

 僕にとって貴女が他の何よりも大切な存在になってしまっていることを。

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