再び大きな水柱がたち、わたしがどんなに喚いて、「船を止めて」と叫んでも、船が止まることは無かった。

 追手の船は、かたきが落水したことを見届けると、もう追ってはこなかったのにも関わらず、止まってはくれなかった。


 わたしは、かけがえのないものをまた一つ、失った。

 それは、刀で刺し抜かれたような痛みと、首を絞められているような苦しさをもたらした。

 人は本当に辛くて、悲しいと泣くことすら出来ないのかもしれない。

 わたしはそれを思い知らされた。

 里を焼かれた時にあれだけ涙を流せたのは、とうが隣にいてくれたからこそだったのだ。


 先へ先へと進む船の上で、岸にたどり着く間際で、わたしは気を失った。

 だから、船を降りた後、どうやって蒼龍が船乗りの人たちを納得させたのか、どうやって港を離れ、どうやって追手を完全に振りきったのか、わたしは何も知らなかった。

 でも、もう何もかも、どうでも良かった。

 母が誰であろうが、父が誰であろうが、里があの後どうなったのか、生きようが死のうが、全て全て、どうでも良くなっていた。


 わたしが再び、望んでもいないのに目を醒ましたその時。

 わたしの手にあったのは、橙馬が肌身離さず身に着けていた橙色の布の切れ端だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る