第五幕 乱入者
それは正に一瞬の出来事だった。
目の前で武器を振りかぶった男は、突如風のように割り込んできたそれに、瞬きする間にのされていた。
「なっ!?」
気を失って倒れ伏した男の後ろにいた連れの男達は、何が起きたのか分からず武器を持ったまま静止した。それは結果的に男達の命を救った。止まらずに突っ込んでいたら前の男同様倒されていただろう。
「や、やめろ!」
俺と男達の間に割り込んできたソイツは少し甲高い声で言った。一瞬にして一人のしたくせに、その声はどこか遠慮がちで怯えているかのようだった。
「なっ、なん、なんなんだお前っ!」
驚愕による硬直からやっと脱した一人が、武器を中途半端に掲げたままの格好で、盛大にどもりながら言葉を発した。
「ひ、一人相手に三人なんてひ、卑怯だろ!」
負けじと目の前のやつも言い返す。互いにどもりながらのため、格好のつかない言い合いだった。
後を付けてきた男達から視線を外し、目の前の乱入者に意識を集中する。
見知らぬ相手だ。油断は出来ない。
外套を頭まで被っており、後ろからではその相貌までは判らないが、やたらに小さい体躯だった。どうやら武器の特性上低く構えているようだが、それにしても小柄だ。もしかすると俺と大差の無い年頃なのかもしれない。
「餓鬼が、いきがってんじゃねぇっよ!!」
数秒間無言の対峙が続いたかと思えば、突如男達のほうが気を吐いた。二人がかりで目の前の奴に飛び掛かっていく。
そこからの動きは見事なものだった。
外套姿の奴は、低く構えた姿勢を更に低くすると地を滑るような足払いを仕掛けた。
その初撃に大した威力はないが、意表を突くには充分だった。男達のほうからすれば、その素早い動きは目の前の敵が一瞬消えてしまったかのように見えた事だろう。
前に出ていたほうの男は、完全に足元を掬われ、只でさえ飛び掛かろうとして姿勢が半端だったこともあり、見事に倒れた。天を仰ぐように仰向けに、受け身もとれずに頭から倒れこむ。
強かに頭を打ち思わず呻いて、衝撃に目を瞑った隙を突き、外套の奴は武器を握りこんで側頭部を殴り付ける。一度めの衝撃で目を回しかけていた男は更に脳を振られ意識を失う。
「おっ、おい!」
鮮やかな連続攻撃に、またしても一瞬で仲間を倒された最後の一人は明らかに狼狽していた。一番後ろにいたそいつからすれば、一人目も二人目もいかにして倒されたのか全く判らなかっただろう。二人目はともかく一人目に関しては俺ですらあまりに速くて完全には見えなかったくらいだ。
しかし、外套姿の奴は最後の一人が怯んだ隙も見逃さなかった。倒れた男が完全に気絶した事を確認し、伸び上がるように地を蹴った。足の裏からの力は膝へと伝わり、矢が放たれるように一気に距離が詰められる。まだ間合いにすら入っていなかったはずの距離は瞬間で狭められ、残った男の首筋には細く尖った武器の先端が突き付けられていた。
「…………なっ」
首もとに武器を突き付けられた男は、何か言おうとするがその言葉は喉のあたりで止まる。
武器の先端が柔らかな喉の肉に僅かに食い込む。
外套姿の奴は何も言わずじっと武器を突き付けている。
勝負は決していた。
「……ひっ、ひぃぃぃ!」
膠着した状態は数瞬も続かず、男は転げるように、情けない悲鳴を上げて、逃げ出した。
後には、気絶し起きる気配のないみすぼらしい二人の男と、既に武器の柄から手を離し腕組みをして光景を眺める俺、そして外套姿のそいつだけが残された。
「……ふぅ」
此方に聞こえるか聞こえないかくらいの音で息を吐き、外套の奴は緊張を解く。
改めて見るその姿は、やはり子供のようだった。まだ声変りも済ませていない、骨格もろくに形成されていない子供―――
「……早めにここを離れたほうがいい」
甲高い声を隠すようにボソリと言って、背を向けたまま立ち去ろうとする。
「待て」
まるで逃げるかのように歩き出したそいつを俺は呼び止める。
勝手に他人を窮地と思い込み、むやみに首を突っ込んできた輩がどんな奴なのかを見定めたかった。
鋭い声に反応し、そいつは振り返った。
外套に隠された顔を俯かせ、酷く緊張している。
あれほどの使い手だというのに、どうしてこうもおどおどした態度なのか解せなかった。
それとも、俺が何者なのかを解っているのか?
「礼を言う。手間をかけさせたな」
もし俺がどこの誰なのか解っているのならば、口止めも必要だと考え、警戒を解かせようと礼を言った。
「……いえ…………それより、彼等は直ぐに目が醒めます。なので……」
「ならば、場所を移そう」
そいつは、今倒した輩達の事を気にかけているようだったので、さっさとそう言って、そいつを追い抜き、先だって進む。すると、戸惑った様子を見せつつも、付いてきた。相変わらず俯いていて、顔は見えない。
倒れた二人の男から離れるように、街の外周を進む。その間そいつは落ち着かない様子で、始終辺りを気にしつつも、外套を顔の前で引っ張るようにしていた。
「……あの?」
それなりに先の現場から距離をとったところで、そいつはとうとう遠慮がちに声をかけてきた。
「なんだ?」
「……その、お、オレに何か?」
困った様子で訊ねてくる。仕方無く観察を止め、歩みを止めた。
「礼をしようと思っただけだ」
「べ、別にいい」
「何故だ?持ち合わせしかないがこれで……」
「そんなのいいです!危ないと思ったから助けただけで……」
懐から金を取出し差し出すと、そいつは慌てて駆け寄りその手を引っ込めさせようとする。
「それでは俺の気が済まん」
「ホントにいいですから!」
それでも渡そうとすると、そいつは更に泡をくったように拒否する。大した額ではないが、普通の者なら飛び付く程度の額であろう。
俄には信じ難いが、こいつ本当に正義感だけで助けたというのか……?
「ほ、本当にお礼なんていりません!」
いつの間にか言葉遣いが変わっている。慌てた事で素の喋り方が出てしまっているのだろう。先程までいやにどもっていたのは、わざと言葉遣いを変えていたからのようだ。
それに、俺の手を引っ込めさせようと伸ばされた掌は柔く小さかった。例え小柄な成人であろうとも、掌までは誤魔化せない。外套の隙間から覗く手首の細さも鑑みれば、つい最近武器を手にするようになった幼い人間であるのは明らかだった。
「そうか、ならば仕方無い……」
俺は渋々といった体で金を引っ込めた。
「……ではっ、」
そいつが安堵の息を吐いた隙をつき、俺は金を持っていたのと逆の手でそいつの頭に掛かった外套を剥がす。
「!?」
慌てていた事で油断していたのだろう、意外にあっさりと外套は捲れ取れる。
露になったその相貌は予想通り幼いものだった。
栗色の短い髪、透き通った白い肌、そして、翡翠色の瞳。女のように整った美丈夫だった。
「なっ、何を!?」
「救って貰った相手の顔を一目見たかっただけだ。もしかしたら先の連中と仲間かもしれないと思って疑っていた。すまないな」
慌てて外套を被り直そうとするのを制するように適当な言葉をでっち上げる。
「そ、そういう事ですか……」
「あぁ。これ以上礼を押し付けぬから、せめて名を教えてくれぬか?」
「あ……えっと、て……
「ほぉ」
「!……オ、オレ行かなきゃ!それじゃ!」
促されるまま名を名乗ると、昼夜を名に持つそいつは、向こうに何かを見つけたように、慌てて外套を被り直し去っていった。
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