第四幕 淀みを吐露する


「すまないな、お前に任せきりで」


「別に構わねぇよ、アイツの事は元々オレが面倒みるつもりだったし……」


 それに他の事はアンタが全部やってくれてるんだしな。

 続く言葉は言わずに胸の奥に留めておいた。

 停泊中の宿の一室。

 げっだけがいないその部屋でオレとらいそうは秘密の会議を行っていた。


「で?そっちは?」


「準備は整った。街を離れるわけにはいかないから大した仕事は出来なかったが、路銀もどうにか貯まった」


 雷蒼はこの街に来てすぐに仕事を見つけ、三人分の船賃と路銀を稼いでいた。

 武人である雷蒼は、傭兵や用心棒をすればそれなりの金を手に入れる事が出来るが、街の中ですぐにとなると簡単にはいかない。そのため街である程度賑いのある酒場で皿洗いをしていた。

 そこで金と共に情報を収集していたのだ。


「七日後、西の船着場から交易船が出る。そこから南に渡る。渡った先から陽一族の国までは少しあるが、連絡船に乗るよりは船賃も危険度も低い」


 雷蒼の説明に、オレは了承の意を示す。

 オレ達がこの街に数日間滞在した理由は、金の問題とは別に乗船の方法を模索するためだった。

 南へと下る連絡船に乗るには入船許可を必要がある。だが、今は樹仙導じゅせんどうの影響で取り締まりが厳しくなり、入国の検閲も徹底している。

 オレと雷蒼だけならそれは大した問題ではない。年若いということで怪しまれる事はあるかもしれないが、ある程度誤魔化しはきく。だが、女であり尚且つ子供である月華はそうはいかない。

 そのため、オレと雷蒼は外と内の双方から別の方法で白蛇河はくじゃこうを渡る方策を練る事となった。

 雷蒼が船の手筈と金策を、オレが月華に男装を身につけさせる。

 この街に入ってすぐに、雷蒼は秘密裏にそれを進めるようにとオレに持ち掛けてきた。


「それで……そっちのほうはどうだ?」


「順調だ。見る奴が見れば分かるだろうけど、元々女がいるわけないって皆思ってるから、下手打たなければ問題ねぇよ……それに……」


 月華は長かった栗色の髪をばっさりと短くした。雷蒼のように結い上げてもよいのではないかとオレは言ったが、それでは顔の造形が目立ってしまうので、出来る限りの危険を避けたいと月華はそう決断した。月華の母親、天仙女によく似た美しい髪がむざむざと切られる様は、なんだかオレのほうが悔しかった。


「髪も切ったし……なるべく喋んないで、外套でも被っておけば余程でも無い限り気付かないと思うぜ」


 月華はオレと雷蒼がこうして影で相談しあっている事を知らない。その上でオレは、雷蒼に秘密で月華を外へ連れ出し、月華に武の稽古をつけていた。

 どうしてそんな二枚舌みたいな事をしたかと言えば、手っ取り早く男装を身につけさせるためとか、月華の願いを叶えるためとか、色々言い訳はあった。

 だが、結局のところただの嫉妬だった。

 月華と秘密を共有する事で優越感を味わいたかっただけだった。

 そうまでして、オレは月華にとっての一番でありたかった。


「そうか……なら明朝ここを出よう」


 雷蒼はそう言って立ち上がった。


「また出るのか?」


「あぁ、出立の準備をしなくてはならないからな」


 すぐに出ていこうとする雷蒼は、なんだか焦っているように見えた。

 オレと雷蒼がこの秘密の会議をするのは、月華が湯浴みに行っている時と決まっていた。

 だが、今日に限って言えば、月華は風呂に行っているわけではなく、外にいた。本当は一緒に外に出てオレと稽古をすることになっていた。

 けれど、たまたま忘れ物をして宿に戻ったところで、雷蒼と出くわし、咄嗟に嘘を吐いたのだった。

 オレの嘘に気付くことなく、雷蒼はならば丁度良いと話し合いを始めた。


「なぁ?だったらさ、出立の準備は皆でしないか?買う物とかもあるだろ?ほら、月華も少しは外に出ておかないと男装の出来も確認しておいたほうがいいし…………」


「いや、やめておこう。自ら人目につくような事はしないほうがいい」


「でっ、でもさ、月華も欲しいものがあるかもしんないし……」


「それは……白蛇河を渡るまでは我慢してくれ」


 明らかに雷蒼はオレ達と一緒にいることを避け、早く目的地に着こうと焦っていた。それは、一刻も早くオレ達と離れようとしているという事だった。


ガンッ!


 激しい憤りを抑えきれず、握り締めた拳を壁へと叩きつけた。安い宿の壁は、穴こそ開かなかったがみしりと嫌な音をたてた。戸へと向かっていた雷蒼も流石に突然の暴挙に反応して、足を止めた。

 首だけで振り返る雷蒼を下から睨め上げる。


「なんなんだよ、お前」


 頂点を超えた怒りは、思ってもみぬほど低い声となって溢れた。


「……とう


「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇよっ!オレ達の事なんてもうどうでもいいんだろ?」


「!!」


「だったら見捨てればいいだろ!オレ達なんて放っておいてアンタは何処にでも好きなところに行っちまえよ!」


 声の限りに騒ぎ立てるオレの言葉を、雷蒼は噛み締めるように聞いていた。

 なんでこんな事を言っているのかよく解らなかった。これではオレが駄々をこねているみたいじゃないか。だけど、オレはもう我慢ならなかった。雷蒼の考えなんて知らない。何か理由があるかもなんて考えるつもりもない。


「お前は恩義に報いるためなんて思ってるつもりかもしんねぇけど、お前が今やってるのはただの押し付けだろ!」


「くっ……」


 これで雷蒼がどこか行ってしまってもそれでもいいと思っていた。こんだけやってもらって、オレのほうが恩知らずなのかもしれないが、構わなかった。

 これ以上月華の中でコイツの存在が大きくなってしまえば、もっと月華は傷付くんだ。


「お前なんていなくたって……」


「そんな事解ってる!」


「なっ!?」


 突如雷蒼が言い返してきた。

 言い返されると思ってもみなかったオレは、虚を突かれた。


「俺がお前達の力になれない事なんてとっくに承知してる!一夜にして近しい人間を失ったお前達の事を俺が解ってやれないことくらい解ってる!」


 雷蒼は吠えるように苛立ちも露に言い返す。それは決してオレに対して敵意を向けているわけではなく、自身の気持ちを吐露しているような感じだ。

 だが、流石武人といったところか、放たれる気は凄まじくオレは完全に気圧されていた。雷蒼がこんなに感情を露にするのを見たのは初めてだった。


「俺が余所者でしかないことくらい理解している!だったらどうすればいい?俺はなんて言葉をかけてやればいいんだよ!」


 息を切らせて言う雷蒼は苦しそうで、悔しそうだった。

 一息に吐き出した独白は、室内に響き渡って、気まずさを残して消えた。


「……思ってねぇよ」


 肩を上下させる雷蒼に、オレはやっと言い返した。完全に当てられていたオレの声は、弱々しく掠れていた。


「お前が余所者だなんてオレ達は思ってない。月華は……お前が言った兄妹って言葉を支えにしてる」


 いつの間にか睨み付けていた事を忘れていた。ボソボソと言葉を紡ぐオレは、もう雷蒼を見ていられなかった。


「お前とオレがいるから、月華はなんとかやれてるんだ!」


「……橙馬?」


「遅ぇから月華を迎えに行ってくる!」


 雷蒼の横をすり抜け部屋を出る。

 自分から招いた情況なのは解ってたが、こんな反響があるなんて予想していなくて…………逃げるのが精一杯だった。

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