第二幕 訓練と独占欲
正直、その言葉はオレにとって複雑だった。
今一番誰よりも強くなりたいと思っているのは他でもないオレ自身だった。
数回しか槍を振る姿を目の当たりにはしていないが、
そして月華も、少しの間武器を持つことすらしていなかったというのに、稽古を始めるとみるみる内に伸びていって、自分の体躯や特性を考慮した動きを身に着け、ずっと鍛錬を続けていたオレにあっという間に追い付いてきた。それが天仙の血の影響なのかは判らなかったが、少なくとも素質がオレよりもあるのは明らかだった。
その二人に挟まれて、オレが焦らないわけもなかった。
雷蒼ではなくオレが月華を護りたいと願っていた。
月華がいつかオレなんかいらないと思うかもしれないことが不安だった。
だからこそ、月華のそのお願いにオレは迷った。
強くなりたいという気持ちは誰よりも理解できるから。
けれど、月華に置いて行かれることが恐いから。
「……解った」
数瞬してから、オレは答えた。
結局のところ、月華の願いはいかなるものであれ叶えてりたいという感情が優先されて、他のことは二の次になった。
「いいの?」
「なんだよそれ、自分から言ったくせに」
「そ、そうだけど……勝手な事言うなって言われると思ってたから……」
月華は、驚いたように目を丸くして、オレの本心を探るように上目遣いにこちらを見てくる。
不覚にも…………可愛いと思ってしまった。
「あぁ、勿論お前が何の考えもなくそんな事言ってるんだったら反対する。でも、お前だって今の状況やお前自身のことをもう解ってる。その上で言ってるんなら無闇に反対したりしない」
こんな表情が見られたのだから、オレの答えは間違いではなかったと思いつつ、ニヤけそうになるのを誤魔化してそう言う。
「……それにさ、雷蒼はオレ達を目的地まで送ってくれるって話になってるけど……それから先はオレ達二人でやってかなきゃならねぇんだから……」
更に照れ隠しで一言付け加えて……失敗した。
「……そっか、そ……だね……」
愛らしく見上げていた表情は崩れ、最近頻繁に見ている沈みこんだ表情へと変わってしまった。
「っ!?おいおい、何落ち込んでんだよ!オレ達はいつか村に戻って、どっかに隠れて暮らしてるじいちゃん達を見付けてやんなきゃいけないんだぞ!そんなんで落ち込んでたら駄目だって」
「……うん」
「そっ、それに雷蒼だって必ずしもすぐさよならってわけじゃねぇんだし!」
慌てて、自分で掘った墓穴を埋める。
柔らかな髪へと手を伸ばし、少し強めに撫でる。
そこまでして、やっと笑みが戻ってきた。
「……うん、うん、ありがとう
「あぁ……オレはずっと一緒だから。二人で頑張ろうな?」
目を合せ、互いに一度頷く。
ずっと繋がれていた手は、熱を残して離れた。
「やっぱり一番の問題は女って事だと思うんだよ」
寝台を離れ、顔を洗って、朝食を摂りながら、早速オレ達は強くなるための作戦をたてていた。
中身の入っていない饅頭と果物。簡素ではあるがオレが昨日の内に買って用意しておいたものだ。
「話に聞いてはいたけど、本当にこんなに女がいないなんて思ってなかった。村にはそれなりにいたわけだし、何よりお前がいたからさ」
「うん」
口に投げ込むように、饅頭を頬張りながらそう言う。
仙女の呪と言われているそれがあるという事を知ってはいたものの、村には月華も数年前までは天仙女その人もいたわけで、まさかここまで女の姿を目にする事がないとは思ってもみなかった。
子を産める女は、その多くが領主や名家に召し抱えられ、場合によっては国主に祭り上げられるような事もあるらしい。
逆に年老いた女達も、乱暴される事や利用される事を恐れ、山奥に隠れ住んでいるとか。
また、女の数が減った事の弊害として子供の姿も見なかった。
「ガキだってあんま見ねぇもんな、雷蒼なら誤魔化せるけど、オレですら目立っちまうんだから……」
雷蒼が月華だけでなく、オレも極力外に出さないようにしているのはそういう理由からなのだろう。
「……そうだよね、女な上に子供だもの……」
「だからさ、まずは男っぽくするとこからだと思うんだよ!」
ちょっとしたことで、直ぐに落ち込む月華を、泣きそうな顔になる前に鼓舞する。
「男っぽく?」
「そ、そうだよ、男っぽくするんだ。ガキなのは仕方ないし、でもガキが全くいないわけじゃない。こういうデカイ街は別として、今まで行った村じゃ結構見掛けたし。だから男っぽくすればさ、そんなに問題ないと思うんだ」
「……確かに。まだ旅も続くわけだし、男の人の振りは出来ないとまずいかも」
「だろ??」
実を言えば、今だけではなく月華にはこの先ずっと男の振りをしていてもらったほうがいいのではないかとオレは思っていた。
それは、時世とか危険性としてというのもあるけれど、何よりも月華の愛らしく美しいということを知っているのはオレだけでいいという気持ちがあるからだった。
世の中では、希少な女という存在が多くの男性を娶り、種を残していくというのも必然なこととなりつつあった。
実際、あのまま村にいたとしても、月華はオレを始めとした相手のいない男複数名と婚姻関係を結ぶことになっていたのではないかと思う。
しかし、オレは月華が好きなわけであって、そして月華にもオレを好きになってもらいたいわけで……種の生存とかんなことどうだっていい。例え村にあのまま暮らしていたとしても他の誰かにこいつを持ってかれることを納得出来なかったと思う。
まぁ、目下の問題として雷蒼という最強の好敵手がいるというのはさておき……少なくとも今後月華が女であることを知る人間が現れることを全力で阻止したいと思っていた。
「うん!そうだね。じゃあ、橙馬先生宜しくお願いします!」
そんなオレの思惑など微塵も気づかずに、月華は真っ直ぐな目でそう言った。
「お、おぅ、任せとけ」
勿論オレは半分以上独占欲からきている発言だと言えるわけもなく、信用しきった月華の視線に僅かな後ろめたさを感じつつも、そう請け負った。
こうしてオレ達は、雷蒼に内緒で生きていく術の訓練を始めた。
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