第十三幕 旅立ちの支度
仕度を終えたオレは、
名残が無いと言えば嘘だった。親父やお袋とも交わしたい言葉は山程あった。
だけど、オレが「月華の元へ行く」と言ったら、両親は「準備はもう済ませてあるから」と言っただけで、決して止めたりはしなかった。寧ろ、オレがそう言った事を誇らしく思っているような節すらあった。
惜別の挨拶は、お袋が強く抱き締めた事と、親父がガキの頃みたいに頭を撫でただけで、特別な言葉は交わさなかった。
「準備出来たか?」
家へと駆け付けると、月華は沢山の物に囲まれてただ茫然と立ち尽くしていた。
「……
「ああ。お前何モタモタしてんだよ?」
「……何を持っていったらいいか分からなくて……」
月華は思いつく限りの荷物を引っ張り出してきたものの、散らかしているだけで、纏めている様子は無かった。
今夜村を発つという事実を受け止められていないのは明らかだった。
「……薬も持っていったほうがいいかな?……あ、医学書もあったほうが……」
ぶつぶつ呟きながら彷徨き、胸に抱えてきては机の上に並べる。どう考えても旅荷物として持っていけるわけがない。
どうしたらいいんだよ……
上手い言葉が出てこない。月華が混乱するのは当たり前だ。突然、生まれ育った村を、慣れ親しんだ家を離れると言われたのだから。
落ち着かない様子で室内を動き回る月華の背中へと手を伸ばし―――――すんでのところで拳を握って手を引っ込めた。
抱き締めてやりたかった。撫でてやりたかった。でも、そんなことをすれば月華に余計な警戒心を与えかねない。不安を掻き立てるだけだ。
あいつだったら……雷蒼だったら、上手く対処するんだろうか?
気付けば、そんな事を考えている自分がいた。
違ぇだろ…………オレは雷蒼に頼まれたんだ、月華に必要なのはお前だと託されたんだ。
雷蒼だけじゃない。じいちゃんにだって、両親にだって、村の皆にも――――
息を吐くのを隠すように鼻を鳴らした。
「馬鹿だな、月華は」
「……え?」
「そんだけの荷物どうやって持っていく気だよ?」
「で、でもっ……」
「そんな量持っていけるわけねぇだろ?いいんだよ、最低限だけで」
言いながら、月華の手にある医学書を奪い取り本棚に戻す。
夕陽が山の端に沈んでいく。
それまでにオレ達は準備を整えこの村を離れなくてはならない。勿論その間に樹仙導のやつらに見付かっちゃまずいし、退避を悟られてもいけない。
そのためには迅速な行動が必要だ。オレ達が遅くなれば、村の皆がより危険に晒される事になる。
オレは敢えて余裕がある振りをして散らかった部屋を片付け始めた。
「村を離れるって言ったって一時の事なんだぜ?」
「そ、そうなの?」
「当たり前だろ?お前じいちゃんの話聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ!」
「だったら分かるだろ?じいちゃんは、戦を避けるために避難するって言ったんだ。村を放棄するなんて言ってない」
「そっか、そうだよね……わたし誤解してたかも、ありがと橙馬!」
青かった頬に赤みが戻り、抜け落ちていた表情も返ってくる。けれど、オレはその顔を直視出来なかった。
嘘が積み重る程に罪悪感は嵩む。オレの言葉のせいで月華が悲しむ事は目に見えていたし、ともすれば嫌われるかもしれない。そう思うと胸が痛んだ。
でも、これでいい。これでいいんだ。
「……んなことよりさ、お前雷蒼の事はいいのかよ」
「??」
「考えてもみろよ。オレ達はこの村に少ししたら戻ってくる。でも、あいつとは村を出たら離れ離れなんだぜ?だから、お別れ……とかさ」
月華の気持ちがやっと浮上したのは解っていつつも、オレはそう言った。途端に月華は俯いてしまう。
また胸がズキリと痛んだ。
「……だからさ、とっとと着替えてこいよ。もうちょっと動きやすい格好しねぇと……代わりに準備しといてやるから」
「……わかった」
再び肩を落とした月華は、それでもさっきみたいに茫然とはせず自室へと入っていく。
傷つけたくないと思っているのに、護りたいと願っているのに、ろくな言葉が紡げない。それでもオレは歯を食いしばって、オレらしさを演じながら、「これでいい」と頭の中で繰り返していた。
上手い言い方が無かっただけで、再度落ち込ませた事にも意図がある。お別れをする時間を設けてやりたいと思ったのは嘘じゃない。嘘なのは、その相手が雷蒼ではないだけだ。それに、服だって女っぽくない格好にしなくちゃならない、雷蒼との別れを出汁にすれば月華は多分急いで仕度を済ませるだろう。
そう思ったから――――
月華が旅に相応しい格好に着替えて戻ってくるまでの間、オレはそんな言い訳をひたすら念じながら、準備と片づけをこなした。
一通りの準備を整え家を出ると空の色は紫がかっていた。
「橙馬、荷物自分で持つよ」
「いいから」
そんなやり取りを交わす内に遠くから馬の駆ける音が近付いてくる。雷蒼が来たんだという事が見なくてもオレには分かっていた。
「二人とも、準備は済んだか?」
初めて乗る馬だろうに見事に手綱を捌き軽快に駆けてきた雷蒼は、冷静な面持ちをしていた。
「俺達三人は先に馬で出立しろと、
「村の皆は?」
「大丈夫だ、後程合流する事になっている」
雷蒼は、オレに出来なかった事をあっさりとこなしていく。さらりと嘘を吐き、月華をすんなり安心させる。けれど今は悔しいとは思わなかった。寧ろ、ほっとしていた。
「月華は、馬に乗れないんだったな?」
「ええ、練習しなきゃいけないとは思っていたんだけど……」
「ならばいい機会だ。俺と一緒に乗るといい。馬に乗る感覚を教えてやれる」
「いいの?」
「あぁ、勿論だ」
「有難う」
二人は日頃と同じように会話を弾ませている。それを眺めているオレは、いつもなら口を挟んだりするところだがじっと黙っていた。
雷蒼が再び馬に跨がり、手を差し伸べる。月華は迷わずその手を取り、馬の鬣と雷蒼との間に嬉しそうに収まる。
「あ、荷物は?」
「橙馬の馬に乗せてもらうといい、あちらにもう一頭待たせているから」
「わかりました。橙馬、お願いしていい?」
二人は、やっとオレの存在を思い出したかのようにこちらへ目を向ける。
「分かった。それより、行く前に皆に顔見せたほうがよくねぇか?」
「どうして?後で合流するんでしょ?」
オレはただ村の皆に一目会って、最後のお別れをさせてやりたかっただけだった。
でも、月華は雷蒼の言葉をちっとも疑っていないようだった。信頼しきっていた。
「ほ、ほらっ、準備出来ましたってちゃんと伝えておいたほうが……」
「あ、そうだね。皆心配してるかもしれないし!」
「いやっ、皆にはもう言付けておいたから心配ない」
オレが捻り出した理由に、月華が納得したところで雷蒼が口を挟む。雷蒼がそう言えば、月華は微塵も疑わずに従う。
少しだけカッときた。
雷蒼からすれば、月華を安全な場所に連れていくのが第一かもしれないが、何も知らずに行く月華の気持ちなんて考えてない。
後でどれだけ傷つくか、それを考えたらせめてもう一度皆の顔を見ておいたほうがいいに決まっている。
「でもさっ――――」
だから、なんとか言いすがろうとした。
しかし、その時――――――
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