第四幕 掟を破り
彼の名は、
最北にある
「長老様!今日採集に行かれる方に薬草をお願いしたいのですが…………」
あれから数日。
衰弱していた彼の体力も回復してきていた。
わたしは精一杯看病を続けていた。
「……分かった、伝えておこう」
「有難うございます。それじゃあっ」
でも、彼はすぐに起き上がろうとしてしまうので、出来る限り目を離さないようにしていた。
その日も、打撲に効く薬草が少なくなってきていたので長老様にお願いして直ぐ様帰ろうとしていたのだけど…………
「ちょっと待ちなさい」
逃げるように帰ろうとするのが気に入らなかったのか、渋い顔で呼び止められてしまう。
「……はい」
そう言えば、彼が目を覚ます直前に会って以来、長老様に会っていなかった。掟を破った事のお咎めもまだだ。
怒られる事を覚悟して、姿勢を正し長老様の前に座す。
長老様は、ころりと表情を変えたわたしに呆れたように溜め息を吐いて顎鬚を擦った。
「容態はどうなんだ?」
「…………え?」
怒鳴られるとばかり思っていたから、予想外の展開にポカンとしてしまう。
「あの男の容態だ。順調に回復しておるのか?」
「……あ、えと、はい。意識が戻ったので体力も回復してます」
「そうか……完治までにはどれくらいかかる?」
「骨が完全にくっつくまでだと……大体二ヶ月くらいで……けれど彼は旅をされているという事ですので、不自由なく動けるようになるまでには、三ヶ月くらいは必要かと…………」
わたしはもごもごとそう答えた。別に嘘を吐いているわけでは無い。だけど、そこまでする必要はない、と言われてしまいそうで云いづらかった。
「……そうか、もう起き上がれるのか?」
「ええと……一応は……」
養生して欲しいのに勝手に起きあがってしまって困っている。とは、口が裂けても言えない。
「分かった。近いうちに話をしにいくから、そう伝えておけ」
「は、はい!」
お咎めは?と口をつきそうになった言葉は飲み込んだ。
「それから、あの力は知られていないな?」
「………はい」
「ならいい」
「……それじゃあ、失礼します」
実を言えば、お父さんもこの村の生まれではない。
お父さんは各地を巡るお医者様で、この村の近くにいる時に怪我をしたお母さんと出逢い、それを治療した恩で村へと招かれたらしい。そしてそのまま村に滞在するようになって、お母さんと婚姻を結び、わたしが生まれた。
お母さんも、わたしと同じように掟を破って異民を村へと招いたのだ。
そそくさと長老様の家を出て、家に戻ると彼は寝台の上で半身を起こし、手近にあった書簡を読んでいた。
「また起きていらっしゃるのですね
雷蒼様は苦笑して、「見付かってしまったか」と呟く。
「おかえり、
「ただいま戻りました……って、そうじゃなくて!ちゃんと寝ていないと治りませんよ?」
「そうは言ってもなぁ、そろそろ苔が生えてしまいそうだよ」
「駄目です!わたしがいいと言うまではちゃんと養生なさって下さい」
子供のわたしに偉そうに言われても、彼は決して怒らない。きっと優しい人なのだと思う。
でも、それをいいことにわたしはついつい厳しく言ってしまう。
「わかったわかった」
彼は「大人しくしているよ」と言うと、折れていない左手を伸ばして、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。
久しぶりなその感触にこそばゆさを感じる。
彼が目覚めてから、わたしと彼はお互いの事を沢山話した。
彼は数年前にお父さんを戦で亡くした事や、郷里では一番年下であった事、村の皆を護るために槍術を学んだ事などを話してくれた。
わたしも、両親がいない事や、十歳になって一人で暮らし始めた事、お父さんがお医者様で、遺された書簡から薬草や治療の術を学んだ事を話した。
「お茶を淹れますので少し待っていて下さい」
横になるのを渋っているようだったのでそう言うと、彼は大袈裟に嬉しそうにする。
六歳も年上だというのにどちらが子供かわからないと思ったのは内緒だ。
お茶を淹れ部屋へと戻り、折角なら傷の具合も看てしまおう、と寝台の横に座り救急箱を開いた。
「お加減はいかがですか?」
「うん、順調だ。ただ足腰の筋肉が落ちている気がするよ」
お茶を渡し、頭の傷から確認する。
裂けていた皮膚は閉じ、跡形もない。すぐに処置をしたのが功を奏したようだ。
「まだ怪我して数日しか経っていませんよ?」
「数日と甘くみてはならないんだ。たった一日鍛練を欠かせば、取り戻すのに三日はかかる」
「雷蒼様、右腕の骨は折れているんです。今ちゃんと大人しくしていないと変なふうにくっついて、二度と槍が持てなくなるかもしれませんよ?今は辛抱して下さい」
そう言って、今度は顔やそこかしこに付いた痣を診る。此方も薬草が効いているようで随分色味が良くなった。
彼は、背伸びをしたり屈んだりしながら怪我の経過を診ていくわたしにされるがままに、お茶を啜っている。そして、器に口を付けた陰でボソリと「厳しいお医者様だな」と呟いたのをわたしは聞き逃さなかった。
だから、わざと折れている肩の辺りに触れてやる。
「うっ!?」
すると彼の表情が一気に歪んだ。固定しているだけの右腕はやはり簡単にはよくならない。時間が必要だった。
「やっぱり、右腕はもうちょっと時間が…………」
少しこらしめて安静にしてもらおうと思ったのだけれど、ちょっと度が過ぎた。
彼は、眉をひそめたまま体を強張らせまだ痛みに耐えていた。額には軽く脂汗が浮かんでいる。
「ごめんなさい!やりすぎましたね」
自分の行いを反省しつつ、汗を拭ってあげようと、彼の額へと手を伸ばした。
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