10 「このワンピどう? 私……今の私に似合う?」
それから程なくして、駅前に到着。葵太と姫奈はバスを降りた。
一応映画館に足を運んでみるも、姫奈が見たいと言ったサスペンス・ホラー系の映画はどれもR指定つきで、今の姿で見るのはどう考えても無理だった。
「そっかあ……やっぱ無理だったか」
「無理に決まってるだろ。子供はそっちのアニメ見とけってことだよ」
「んー、今のアニメよくわかんないんだよなあ……とくに最近のドラえもんって教育的って聞くし。ドラえもんがのび太くんに『のび太くん、そんな生き方をしてたら社会のゴミまっしぐらだよ。だから一緒にキンコン西野のオンラインサロンに入ろうよ。自分を変えていこうよ』とか言うんでしょ?」
「絶対言わない。ってかどこで聞いたんだそれ」
「葵太、私はただ人がたくさん死ぬ映画が見たいだけなんだよ? それのどこがダメなの?」
「どこがダメって全部ダメだよ」
駄々をこねる姫奈に対し、葵太はまるで実の兄であるかのような態度で告げる。
「あのな姫奈。姫奈からだとわかんないかもだけど、その見た目で物騒なこと言うのなかなか破壊力あるんだからな。ちょっとは自覚持ってくれよ」
「はーい。わかったよー」
姫奈は口をすぼめて、不満げにぷいっと顔をそむけた。
普段の姫奈は見た目こそ清楚な女の子だが、イカれた文学研究者である母親の血を受け継いでいる。そのため、学校ではあまり知られていないことだが、コンテンツの趣味はなかなか極端だったりする。
例えばマンガだと、部屋に『進撃の巨人』や『東京喰種』等の作品があったことからもわかる通り、ダークファンタジー系の作品が好きだ。だから最近のジャンプは好みも好みで、『呪術廻戦』『鬼滅の刃』『チェンソーマン』『地獄楽』『約束のネバーランド』等は熱心は読者である。映画で言うと韓国のノワール作品やゾンビモノ全般が好きで、小学生時代に一緒に見た葵太が軽く吐きかけたこともあった。
簡単にまとめると血がドバドバ出て、人がバンバン死ぬ作品が、姫奈の好みなのである。世の男子は女子に対して、「かわいいものが好き♡ 趣味はカフェ巡り♡♡ 映画はディズニーしか見ない♡♡♡」的な人が多いと思い込みがちだが、蓋を開けてみると、見た目の可憐さと趣味嗜好は全然関係なかったりする。
母親に幼少期から英才教育を受けたせいで、小説や文学をそこまで好んでいないのは皮肉な話だが、マイルドなモノよりソリッドなモノを選びがちな面は、ばっちり受け継がれているということだ。
とは言え、常日頃からそんな趣味を公言するほど、姫奈は、はしたない人間ではない。だから、学校では真面目で清楚なイメージがすっかり定着しているし、こういう趣味嗜好を知っているのは葵太を含む、ごく一部だけだったりする。
だけれども、ロリモードになると、そういう自制心も薄まってしまうらしい。
「あーあ、世界はロリに厳しいや」
葵太の数々の指摘をスルーしつつ、姫奈は肩を落としてうなだれていた。映画が見られなかったことくらいで、とか言うつもりは葵太にはないものの、そんなに大げさに態度になるのはちょっと面白くもあった。
「元に戻ったらまた見に行けばいいだろ?」
「それはそうだけど……」
「それに、子供料金で行けるってわかったんだしさ。ディズニーとか普段高いところ安く行けるとかもできるし」
「んー、たしかにそれはお得かあ。今だと大人料金8000円とか超えるもんね。子供だと4900円だし」
「ライフハックならぬロリハックだな」
「まあそれでも高いけど……子供料金がうんと安いところ探そうかな?」
色々と言ってあげると、少しは気が持ち直してきた様子だった。ロリ状態では、普段の姿のときよりも気分屋になる様子だったが、一方で機嫌を取るのも簡単になるらしい。これも新しい発見だ。
「映画見れないとするとどこ行く?」
「んー、そうだなあ……あ、そうだ! 一個行きたかったとこあったんだ!」
「へえ、じゃあそこ行くか」
「あ、でも葵太には結構ハードル高いかも……きっと落ち着かない気持ちになるだろうし……」
「もうこうやって一緒に出掛けてる時点で覚悟の上だよ。どこ行きたいんだ?」
葵太が尋ねると、姫奈は真剣な眼差しでじっと見返した。
◯◯◯
「あー、ここもかわいい! あ、あの店も行かないとっ! 葵太、まだっ!?」
「おい姫奈っ! 店の中で走るなって!」
ふたりがやって来たのは、駅近くにあるショッピングモールだった。姫奈が「服を見たい」と言い出し、やって来たのだ。
葵太としては「買い物デートか……付き合い始めたてのカップルって感じでいいな」などと思ってたのだが、服と言ってもロリモードのときの服だった。
ロリモードのときの服。つまり、女児服。いや、キッズ服という言い方が正しいのかもしれない。
今、ふたりがいるのはキッズ服売り場だ。多くの女児がお母さんと一緒にあれこれ服を選んでいるなか、葵太は及び腰になって、なかなか店の中に入れないでいた。お父さんらしき人なら何人かいるものの、年齢的に兄で、しかも制服姿の自分には居心地が悪すぎると言うか……。
「葵太! こっちこっち!」
しかし、姫奈はすっかりテンションが上っているようで、目をキラキラとっせながら手招きしてくる。その手には1着のワンピースが当てられていた。胸の上付近で素材が切り替わった造りのワンピースで、白いシャツ(上)とグレンチェック(下)という組み合わせ。おまけに胸元に黒いリボンがついており、しかも肩の部分が見える感じの構造。
服に対してさほど興味がない、なんなら姫奈の家に泊まったせいで今も制服を着ている葵太が見てもかわいいワンピースで、これを姫奈が着れば抜群にかわいいだろうというのは、簡単に想像できた。
「このワンピどう? 私……今の私に似合う?」
「どうって……似合うと思うぞ」
「そうかな?」
「うん。うまく言えないけどこの辺がかわいいし、その辺もなんかすっげえいい感じだし……作ったやつグッジョブって感じ」
「ほんとにうまく言えてないね」
「悪かったな。女子の服、それも女児の服とかわかんねえんだよ!」
「そかそか。でも私に似合うのか……えへへ。これ買っちゃおうかなー?」
無邪気に喜びつつ、姫奈は勢いよく、手提げポーチから財布を取り出した。カオル氏のお下がりである『ブルガリ』の高級な財布だ。
ここでひとつ補足情報を入れておくと、姫奈はカオル氏が振り込んだお金でヨネばあちゃんと暮らしている。それゆえ、家計の管理も姫奈がしていて、普段から財布には多数の万札や、カオル氏名義のクレカが色々入っている。カオル氏は高給取りの研究者であるうえに、多数の著作を持つ人物だから、かなりの仕送りをしているのだ。
そんなだから、高校生モードのときもギャップがスゴい財布だったのだが、ロリ状態となるとその比じゃない。もはやコントのようだ。葵太は以前、『アフリカの兵士たちがふざけてオラウータンにAK-47ライフルを持たせた結果、嬉々として乱射して死にかける」という映像をYouTubeで見たことがあったが、なんというかそれに近い無邪気な暴力性を感じた。
「おいちょっと姫奈それは仕舞うんだ」
「あ、わかった……」
自分でも気づいたらしく、すぐに手提げポーチに戻した。
と、そのときである。
「いらっしゃいませ~! お探しの服はございますか?^^」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます