8 「これから、俺と一緒にどっか行かないか?」
朝食を食べ終え、協力しつつ皿洗いなどの後片付けを終えると(さすがに葵太(あおた)も手伝った)、ふたりは姫奈(ひな)の部屋に戻った。
「なんというか、大変そうだな色々と。わかってたことだけど、この目で見て改めて感じたわ……」
「うん、まあね。でも、家の中でいる分には案外平気なんだけど」
「そうなの?」
「料理も洗濯も掃除もこの体でできるから。買い物とかはこの体じゃなかなか行けないから、食材を最低3日分ストックしとかないといけないとかはあるけど」
そう語る姫奈の口ぶりは、意外にも軽やかだった。もちろん、ロリ返りが大した問題じゃないというわけではなく、ずっとひとり抱えていた秘密を葵太に明かしたことで、気が楽になったのが影響しているのだろう。
「で、このあとはどうするんだ?」
「どうするもなにも、普段ならなにもしないよ。だって無闇に外に出たら近所の人に見られちゃうかもだし」
「たしかに。誰だ? って話になるよな」
「『中崎さんの家、あんな女の子いたかしら? ……もしかして、あの変な娘がまたこさえてきたのかしら?』とか言われそうだよね」
「そこまで言われるとは思わないけども」
でも、それに近いことを言われる可能性はありそうだ。それくらい、カオル氏は自由奔放な人生を送ってきているし、近所の人はWikipediaに載ってないことだって知っている。
「まあでも、お巡りさんに『君、どこから来たの?』とか聞かれたらややこしいことになりそうだもんな」
「考えただけで怖いわ。ナボちゃんが……とか言ったら頭おかしいもん」
「もし交番に連れて行かれて、ヨネばあちゃんに来てもらうわけにもいかないし」
「うん。不要不急の外出を控えるっての、私は何年も前から自粛してるんだよね」
「最近流行りのな」
「……でも、正直な話さ。実はこの身体で出歩いてみたい気持ちもあるの」
だけれど、姫奈はそう続ける。
「2日も3日もずっと家にいるのは退屈だし、悪いことしてるわけでもないし」
「まあそれは」
「あと、体が小さいと世界の見え方も変わって面白いんだ」
「世界の見え方?」
「色んなものが大きく見えるし、あと視力が良くなるの」
「ああ、10歳だから、視力も悪くなる前の状態に戻るんだ」
「ご明察。だからきっと、空とか街とか色んなものが綺麗に見えるかもなーって」
そう言いつつ、姫奈は授業や読書時にだけかけているメガネを取り出した。顔の前に持ってくると、わざとらしく度の強さにクラクラする素振りを見せる。体が小さいせいか、クラクラが大きくなり、なんというかとてもあざとかわいい。
だから葵太も乗ってみることにする。
「なるほどな……ってことは、この俺のか、格好いい顔も今はよく見えてるってことか」
「ん、今なんて言った?」
「おいなんで耳が悪くなんだよ!」
「ごめんさっきから葵太の声、文字化けしてて」
「声は文字化けしない! てか勇気出してボケてしかも噛んだのにそのあしらい方酷くね!?」
「いや、酷くないよ。だって私たち幼馴染だもん」
「ま、そうだが……」
それを言われたら仕方ない。葵太がフッと笑みをこぼすと、姫奈も小さく笑った。こういう気楽なノリは、姫奈は学校ではまず見せないものだ。
「まあ、でも諦めてるんだけどね」
しかし、葵太が心のなかで軽く微笑むのとは裏腹に、姫奈はすぐにシュンとしなだれた。
「リスク高すぎだし、得られるメリットと見合ってない。不安抱えた状態で出て楽しめるかもわかんないし……」
彼女の話し方には、一切の含みは感じられなかった。自分がロリ姿での外出を諦めているという事実を、ただ淡々と、受け入れていると話している感じだ。
だからこそ、葵太は思った。自分がなんとかしてやりたいと。それが幼馴染で、彼氏になろうとしている自分のすべきことだと思った。
「なあ、姫奈」
「なあに?」
「これから、俺と一緒にどっか行かないか?」
「えっ……」
「デートしようぜ!」
葵太の提案に、姫奈の瞳が大きく見開かれる。もともと大きな瞳だけに、はち切れそうな印象すら受ける感じだ。
「せっかくの土日だし、デートしたいなって」
「それはたしかにそうだけど……でも私、この身体だよ? こんなにもロリロリしい姿なんだよ?」
「サラッと『ロリロリしい』なんて形容詞を開発してるのが気になるってのはさておき」
「『ロリしい』とか『ロリってる』とかでもいいよ?」
「ふたりなら大丈夫じゃないかな」
姫奈の小ボケをスルーしつつ、話を進める葵太。
「家出るときに俺が周りを見張ったりすればいいし、今の俺たちなら兄妹に見えるだろ? ひとりでブラブラしてたら、お巡りさんに声かけられるかもだけど、ふたりなら大丈夫だろうし」
「そうかな……?」
「うん。まあ、俺が姫奈を誘拐してると勘違いされたらジ・エンドだけども」
「なるほど、私が急に『この人、誘拐犯です!』とか叫ばなければいいんだね! それなら90%くらい大丈夫だ!」
「逆に10%翻意の可能性残ってんのかよ。明智光秀に裏切られた織田信長の気持ちわかったわ」
「まあそれは冗談として」
姫奈はそう言って話を戻すと、
「その……本当にいいんだよね? この姿の私と、一緒に出かけても」
斜め下から、うかがうように尋ねた彼女に、葵太は強くうなずいた。幼馴染として。そして、彼氏になりたい人間として。
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