7 「ロリのかわいさの前には抗えないということか…」

 朝7時半過ぎ。


 一旦おかしくなったものの幸いにも冷静さを取り戻した葵太は居間に座って、朝ごはんができるのを待っていた。現在進行形で、姫奈が作ってくれているのだ。


 中崎家は平屋の一軒家で広々としているものの、間取りはごくごく普通だ。ゆえに葵太のいる居間と台所は隣り合っていて、姫奈が料理しているのが見える。


 睡眠不足に伴うロリ返りにより、身長が142センチになってしまっている姫奈だが、台所では器用に料理をしていた。もともとヨネばあちゃんに合わせて低めの造りになっているのもあるだろうが、小さな体で料理することにも慣れている感じだ。


 米を炊き、トントントンと具材を切って味噌汁を作り、卵焼きと鮭を焼き、納豆をまぜて小鉢に移して上からちりめんじゃこを載せる……という作業を、非常にスムーズに行なっている。


 トントントン。


 ロリロリロリ。


 ロリがトントントン。


 略してロリトン。ロリトントン。


 さて問題です。今何回ロリと言ったでしょうか?


 などという、どうでもいい出題はさておき。


 父親がおらず、母親が物理的にいないという環境もあって、姫奈は料理も得意だ。中学とは違い、給食がない高校ではいつも自分で作った弁当を持ってきている。葵太も何度も食べたことがあって、味も抜群にうまい。女子高生とは思えない料理スキルを持っているのだ。


 そういう姫奈に対し、米を研ぐことすらもしたことがない平均的男子高校生な葵太は「スゴいなー」などと呑気に思っていたのだが、実際は女子高生どころか女子小学生姿でやっていたようだ。


 料理上手な女子高生というだけで最強、『俺がお嫁さんにしたいランキング』万年連続1位なのに、かわいいかわいいロリクッキングの特典映像までついてくるのか。俺はあれか。ひょっとして前世であり得ないほど徳を積んだのか? 前世ガンジーか? ガンジーが来世でロリに喜んでいるのが俺なのか?


「植民地支配には抗っても、ロリのかわいさの前には抗えないということか……」

「葵太ー今なんか言ったー?」

「言った! けど言ったら姫奈に振られそうだから詳細は黙秘っ!」

「黙秘するなら何も言ってないって言いなよー!」


 耳ざとく反応してきた姫奈に、バカ正直に返す葵太。こんな絡み方になるのは葵太がバカで正直者だからだけじゃなく、幼馴染の距離感ゆえ……そうだと葵太は信じているが、実際はただバカなだけだ。世の中のバカ正直の大半はただのバカなのである。


 横を見ると、ヨネばあちゃんがウトウトとしていた。朝起きて1時間でうたた寝するならなにも6時半に起きなくてもというのはさておき、数年前はもう少し元気だった気がするが、ヨネばあちゃんはもうかなりヨボヨボしている様子だった。


「おばあちゃん、ここ数年こんな感じなんだ」


 と、そこで姫奈がお盆に食事を載せて運んでいた。サイズ的に、ヨネばあちゃんの分だろう。さすがに手伝おうと立ち上がって、台所へと移動。姫奈が「ありがとう」と言って、ふたり分のお盆を順番に差し出してきた。うん、これはロリひとりでは持ち運べない。


 そして、3人は食卓を囲む。いただきます、と口にしてから、食事が始まった。すぐ近くにロリ返りした姫奈がいるのに、ヨネばあちゃんはマイペースに、味噌汁をズズズとすすっている。すべての動作が遅く、しかし、遅いだけでわりとしっかりしているのが面白い。そんな様子を横目に、葵太は小声で姫奈に尋ねる。


「ロリ状態でも普通にばあちゃんの前に出るんだな?」

「うん。おばあちゃん目見えてないから気づかないんだ。頭もボケてるし」

「マジかよそんな理由か」

「うん。伝えてないし、気づかないし。まあそれならそれでいいかなって」


 悪びれる様子もなく、姫奈が言う。


 同居人のヨネばあちゃんにもロリ返りのことを伝えていないのはすでに聞いたことだ。理由は「心臓発作とかになるといけないから」。非常にもっともな理由だったので葵太もそれで受け入れていたが、ロリモードで普通に目の前に出ているとは思わなかった。


「おばあちゃん、お水も飲んでね。年取ったら喉乾くの気づかないらしいよ」

「はいはい」

「あ、でもゆっくりね。急に飲むと気道に入りかねないから」

「はいはい。姫奈ちゃんは優しいねえ」


 そして、普通に会話もしている。それでもヨネばあちゃんは気づいていない。なるほど、老化とは恐ろしいものだ……。


 そんなことを思う葵太ではあったが、本当のことを告げない姫奈を責めるつもりはなかった。本当のことを告げるのが、必ずしもいつも誠実とは限らない。そう思ったからだ。


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