異端の拳術

狒狒

序文

大村留五郎の日記

 明治三十八年 八月四日 


 本日めでたく十回目となる奨武祭を迎えられたことは、私にとって無上の喜びである。

 各地から集った多くの武道家たちの洗練された技法を、この目をもって観察出来たことは、いち武道家として至福である。

 老練家の技は円熟の域に達しており、各人が諸派万様の奥義を体現している。

 また若人はその血気盛んたること、まさしく若武者の如くあって、明日の武道会を背負う気概に満ち満ちている。

 彼らが日本武道を益々繁栄させ、ひいては国家安寧の礎となることは疑う余地もないことであろう。

 ところで、これは私にとってほんの余興のように感ぜられたことであるが、式も終わりという時に突然現れた男が天道流の岩田を叩きのめしてしまったのには驚いた。

 その技があまりに野生的であったからだ。

 あの男の技は、近代国家たる日本における国民体育としての武道には相応しくない。

 いずれ時代の波に飲まれて、消え失せるだろう。


【当時、大日本奨武会の役員を務めた大村留五郎の日記より抜粋。現代語訳は作者による】

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