第2篇 ゴッドハンド

第2篇① 枕元から

 ある日、枕元から腕が生えてきた。


 朝に目が覚めると目の前に腕があった。何の比喩でもなく自分の腕でもなく、言葉通り腕がそこにあった。床から生えてくる形で。


 畳の床に布団を敷いて寝ている男は目を開けるとすぐにそれに気付いて驚いた。確かに人間のものであるらしいが、男のか女のかも分からない腕が1本。片腕だけ。柔らかく拳を作っている。1人暮らしで1階の部屋を借りていた男が分かるのは、その腕がおそらく床の下にある地面から生えてきているだろうということだけだった。


 畳に穴を開けて生えてきた腕はちょうど肘から上の部分が突き抜けている。男は一目見た時には本当に驚いた。


 けれど、男は二度寝を始めた。


 夢か幻だと思ってしまったのだ。そんなことがある訳ない。それよりもまだ眠い。


 加えて男はそもそも感情の起伏が非常に少ない人間だった。田舎から夢を求めて上京したけれど何事も上手くいかず……だらだらと職を転々としながら酸いも甘いも嚙み分けた。


 そして、結局海に近い工業地帯で住み込みで働くところに行き着いた。毎日決まったルーティンで仕事をする寮生活の中、時間が過ぎるのと帰って寝るのだけが頭を支配する男には感情がない。


 特に驚きとか感動みたいな感情は。別にいつ死んだっていいのだ。


 休みの日に二度寝した男はさらに2時間眠った後に目を覚ました。充分に睡眠を取って目覚めたけれど枕元の謎の腕はまだそこにあった。前に見た時と全く変わらない腕という形のまま。


 男は夢を見ていたんじゃなかったのかと思った。けれど別に飛び起きたりするんではなく寝ころんだままあくびをしながらそれを理解しようとする。まだ眠っていたいという感情のほうが強い。目を半開きで腕を見つめて状況を一つ一つ整理する。


 別に誰かを殺したことはないし、恨まれるようなこともしてこなかった。自ら不幸の道を歩んできたと自覚している。じゃあ何でこんな薄気味悪い状況が自分を襲っているのか。それは全く分からない。


 一旦別に危害を加えるでもない腕のことは後回しにして3度寝という案が男の頭をよぎる。けれど喉がからからに乾いている。このままじゃ寝れないほど。


 男はけつをかきながら「みずー……」と誰に届くでもない声を発した。


 その時だった。枕元にある腕が手の平を大きく開いた。そしてぐっと閉じる……その手の中にはペットボトルの水が握られていた。

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