第1篇終 コレクション

 またさらに数日後、男はその日も自殺志願者から本気の人を探していた。インターネットの中を、お気に入り登録された自殺関連のサイトを中心に渡り歩いて。


 イライラしながらの模索だった。3月だというのに男が殺せたのは若い女の一人だけ。しかも、それからは目ぼしい自殺志願者の1人も見つかっていなかった。


 この自殺者の割合が多い日本という国の3月という時期で、あまり結果が振るわないことは男にとって耐えがたい事だった。年間2万人以上も死んでいるというのにもったいない。殺人という快感を自分だけで背負ってあの世に持っていくなんて、そういう意味で命がもったいない。


 人を殺す瞬間の震えるほどの快感が中毒みたいになってしまっているのだ。


 男は夜までパソコンとスマホを操作し続けると疲れて眠ってしまった。一応、1人にはメッセージを送ったけれど手応えは感じていない。しかし、この日は諦めて寝ることにした。明日も朝早く起きなければいけないからだ。


 男は平日は普通に働いていた。普通の仕事というと人によってどんなものかは変わってくるが、男の場合はある企業の営業部の一員だった。立派なサラリーマンだ。


 もう数えるのも飽きたくらいの年数働いていて、元気に中間管理職として当たり前くらいのストレスを貯めながら日々頭と体を動かしていた。


 上司にも部下にもうんざりだ。毎日顔を見るだけで腹が立ってくる。そんな日々には息抜きとなるストレス解消法が必要だった。家族のいない男にとってはとても。


 帰っても待つ人がいない帰り道では頭の中がそのストレス解消法でいっぱいになった。夜道で何か新しい殺人までのアプローチはないものかなんてことも考える。


 自殺志願者じゃなくても殺せる人はどこかにいないだろうか。きっと何かいい方法がこの世界のどこかにはある気がする。


 そんな時、歩く道の上で男はある異変に気付いた。さっきからずっと男の後ろをついて来ている奴がいる。


 普段はほとんど男しか歩いていない道に入っても、見かけない人影と足音が1つ。男が電車から降りてから数100mの間ずっと同じ道を歩いてきている。


 ただの思い過ごしかもしれない。けれどそうでなければ、ずっとつけられているということになる。一体何が目的で。


 頭を書きながら自然な仕草で後ろを見ると、丁度街灯の下で男だか女だか分からない中性的な人間がいた。髪が短くて背は高い。でもたぶん女だ。ほんのり胸がある。


 男はもうすぐ自宅に着いてしまうので、普段は曲がらない交差点で曲がった。後ろの女がストーカーかどうかを試すことにした。


 すると女も男と同じ場所で道を曲がった。男もまたその先ですぐに曲がりながら女の姿を確認した。女の目はしっかりと男の目を睨んでいた。


 男はすぐに背中全体から汗が噴き出した。隠していることが山ほどある男にとっては嫌な予感しかしない……。


「……何かご用ですか?」


 ならば先手必勝だと、男は道を曲がったふりをして立ち止まり、女に話しかけた。今までの行いがバレたのなら逃げようがどちらにせよ詰みだ。


 女の目的を聞いて、もしどうしようもない状況になったらその時は……最後にもう一度……誰もいない夜道で女相手ならやれる……。


 女は角で待ち構えていた男に驚いたのか1歩だけ後ろに引いて立ち止まった。そして何か言うのかと思ったら黙ったままで。代わりに鞄から1つ道具を取り出して見せた。出刃包丁だった。


 それを手にしたまま、全く殺意を隠そうともせずに男へ歩いて近づいてくる。目を血走らせて、食いしばった歯を口から覗かせて。


 男は女と距離を保ったまま、今度は男が後ろへ引く。そして言った。


「何をするんだ。僕は人に恨まれるようなことをした覚えはないぞ」


「ふざけるなっ」


 すると、女も会話に応じる。


「お前は人殺しで私を不幸にした男だ。お前は私と一緒に死んでくれる人間を奪った」


「そんなことは知らない」


 男は別の自分を演じた。口から出まかせを言うことには趣味と仕事で慣れっこだ。


「とぼけるな。私は知っているぞ。先週殺したはずだ。私はあの子と死ぬと決めていたのに。私はもうあの子に見つめられながらじゃないと死にたくなかったのに。だからせめて、お前が一緒に死ね」


 この女もまた本気の人だった。失うものが無い人間は何をするにも躊躇が無い。


「待て。落ち着け」


「……殺す」


「いいから待て。その願いはまだ叶う。その子はまだ君を見れるよ……」


 男は手を挙げて負けを示すと、包丁を突き付けられたまま女を自宅まで連れて行った……。部屋の中に入れて、前に殺した若い女の眼球を他の全コレクションと一緒に見せてやった……。


 女は見るとすぐに嘔吐した。持っていた出刃包丁を落とした。


 男のコレクションがまた1つ増えた瞬間だった。

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