第1篇③ 捕まるバカ
約束をつけると、男はその日までに入念な準備をした。殺したうえで誰にもバレないための準備だ。世間からバレずにもう数十人の命を間接的なものも含めて奪って来た男にとってそれは慣れた作業ではあったが、絶対に細心の注意を払うことは怠らない。
絶対に捕まりたくはないから、めんどくさくてもやる。でも逆に言えばちゃんとやれば見つかることは無かった。進化した世の中でも自分を隠す方法はいくらでもある。今でも公表されていないだけで未解決に終わった事件はたくさんあることを知っていたし、簡単に捕まる奴は馬鹿だと男は思っていた。
約束の日、約束した時間に約束した場所へ行くと連絡を取り合った本気の人らしき人物は見つけられた。指定した通りちゃんと人気のない場所に立っていた。
若い女だった。自殺志願者だという先入観を持ってみれば、幸が薄そうなルックスをしているけれど死にたいほどの悩みを抱えているようには見えない。そんな女を男は運転する車の後部座席に乗せた。
特に自己紹介などもせずに目的地へ車を走らせる。まるでそれが仕事かのように淡々と。
バックミラー越しで見る女も無の表情をしていた。これから死ぬという予定が入っているというのに、それをどうとも思っていないような。
会ってみると若い女だということは多い。大人の男性から見ると、若い女ならどんな絶望だろうとその気になれば大抵の問題はどうにかできるように見える。しかし経験上、死ぬ理由が分からない人ほど肝は据わっている。
だからと言って助けたり理由を聞いたりするつもりは男にはなかった。ただの快楽を与えてくれる人形程度にしか見えていなかった。
たぶんこいつなら殺させてくれるし、殺しても大丈夫。当たりだ。
しばらくすると男は車を停めた。公道を外れて山道を登ったところだった。名も知らない広大な自然林。人の管理が行き届いていない森臭い植物だらけの場所は日本にはどこにでもある。ちゃんと死体を隠せば見つからない場所。
「1人でやれる?」
そこでようやく男は若い女に話しかけた。
「はい。ありがとうございます」
「もし手伝って欲しいんだったら僕がやってあげるよ」
「…………」
「そっちのほうがたぶん楽だ」
「じゃあ、お願いします」
男は僧のように聡明な顔を作って頷いた。自殺者を労わるボランティアを演じる。
そして、心の中で笑う。女から離れて車のトランクを開くと頬にも浮かべて、今日はどんな殺し方をしようかと手を擦り合わせた。
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