3日目 封筒(お題:普遍的な人間ドラマ)
遠くから乾いた発砲音が聞こえた。
右、左前方、左やや後方。状況確認のために試しに数えてみたが、キリがないので途中で諦めた。硝煙の匂いは漂ってこない。感じられないだけかもしれないが、とにかく全方位から銃声が聞こえる、それだけは確かであった。
できるだけ路地裏を選んで走ることにした。土地勘はない。しかし、大通りへ出るわけにはいかなかった。見つかるわけにはいかない。鼠のように、日陰の中で息を切らせた。
汗が止まらない。朝から走り続けているからというのもあるが、懐に仕舞っている封筒を是が非でも屋敷まで届けなければならない使命感も要因のひとつであった。屋敷までの道のりはおよそ頭に叩き込んである。
「見つけたか」
「いえ、まだです」
「だろうな。なんとしても見つけ出せ。あれが世の目に触れるのはなんとしても阻止せねばならん」
「はっ」
封筒は封筒らしく、きちんと封がしてあり、傷を入れずに中身を知ることはできない。どうやらかなり重大な機密情報が記載されているらしい。
「聞いていた仕事とえらく趣が違うんだよな」
依頼主からは「この封筒を今から言う屋敷へ届けるだけの簡単な仕事だ」と言われていた。簡単な仕事が実際に簡単であることは経験上ほぼない。しかし、銃声入り乱れる中、朝から日が暮れるまで走り続けた経験もない。
「こいつの中身に興味はないさ。あるのは」
金だけ。封筒を屋敷へ届ければ、報酬は後日口座に振り込まれる手筈になっている。今思い返してみると、封筒を届けるだけでいやに報酬が高いなと思っていた。そういう仕事だろうと踏んではいたが、予想を遥かに超えてきた。
「見えた」
このあたりにしては古風な屋敷。地平線の先の先まで続いている外壁が格式の高さを伺わせる。
「水路まである」
外壁の外側には人がギリギリ跨げない程度の幅の水路が流れていた。落ちないように柵まで敷いてある。
周りを警戒しながら指定の場所までたどり着いた。合言葉を述べると、白い壁に切れ目が走り、回転扉のように外壁が空いた。空いた隙間には黒子が立ち、右手を差し出していた。
「あんたに渡せばいいのかい」
黒子は表情を変えず、ただ右手を差し出すのみであった。
「いやに落ち着いていやがるな」
懐から封筒を出し、黒子の右手に置いた。
「ご苦労」
喋らないと思っていた黒子が口を開き、同時に私の意識が途切れた。
力が抜ける、視界が落ちる。空が暗くなる。どうやら首を掻き斬られたらしい。
私の人生はここで終わる。続きは、封筒が担ってくれるだろう。
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