異世界始まり編

第6話:入学までの長い道のり その1

 波の音が聞こえる。


 汐の香りがする。


 そういえば、海に行ったのはいつ頃以来だろうか……



 ――海には行ったことはない。


 何を言っている。最後に行ったのは小学生6年の頃か家族旅行で……



 ――家族と旅行なんて行ったことはない。精々、地方領主の街まで父親に連れて行ってもらったぐらいだ。それも、旅行言う暢気なものではない。従者と下働きをしたし、野生の魔物に襲われもした。


 待て、お前は誰だ。



 ――俺はトーヤだ。



 奇遇だな。俺も藤也だ。


 そうだ。――俺は ――藤也トーヤだ。




「ねーってば!! ねーってば!!」


 その言葉に俺は藤也…あれ?トーヤ?は覚醒する。


(ま、どっちでもいいか)


 先ほどから俺に大声で呼び掛けていたのは、いわゆる童話などに出てくる妖精さんだ。


 羽根を背中に持ち、手のひら大のサイズの少女は俺の目の前をチョロチョロと飛んでいる。


「やっと返事をした。さっきからボクが呼び掛けていたのにボーットしてどうしたんだい」


 全長のサイズは小さいが、ボリュームはある胸を張った彼女は俺の目の前に止まる。


(うわー、本当にガネメモの世界じゃないか)


 この状況を俺はよく知っている。周りは海で帆船の甲板上、そして”便利妖精”こと《ティコ》が俺の目の前にいる状態。



 これはガネメモの導入プロローグだ。



 辺境の騎士の息子である主人公は騎士家を継ぐ為、王都の学園に3年間在籍するので辺境から王都へ船で向かう途中のシーンだ。


 なお、このティコは俺が小さい頃に友達になった相棒……というよりは姉の様な娘である。


 実はガネメモの最終シナリオのヒロインであり、その難度により攻略にかなり苦労した、思い入れが特にあるキャラクターだ。


「ああ、あまり故郷と違う景色なので少しボーッとしてた」

 いきなりお気に入りのキャラと、どう会話をしたらいいのか混乱した俺は無難にゲームと同じ台詞を言ってみた。


「そうだね。故郷のウィンシニアはまだ雪が残っているだろうから、そっちに比べると王都近海は随分と暖かいね」


(うっ……)

 俺はその会話にニヤニヤが止まらなくなってきた。


「ど、どうしたの、急にニヤニヤして……キモいのだけど」


 原作より何か酷い言われ様だが、それすら俺は嬉しく感じる。


 マゾに目覚めた訳じゃないよ。


 俺はこの世界の完成度に感動していた。


(うわー、マジフルボイス、それにハイカラーどころかフルカラーすら太刀打ちできねー ほど色彩が完璧だ)


 ガネメモの彩飾はなんと当日でも時代遅れの256色で解像度640×480、もちろん声なんて全くない。

 BGMもMIDI音源でレトロ感満載とまでは言わないが古さは否めない出来だった。


 だが、今そこにまさに究極のガネメモリメイクのような象徴のティコがそこに居る。


 人の様な(妖精だけど)自然な動きに息遣いに瞬きまでし、ほのかにお花のいい香りまでしてくるほどである。


 その様な状態でテンションが上がらなでいれるか。いや、上がる。反語


 俺は上がったテンションの勢いでティコに頼んだ。


「ティコ。ちょーと触らせてく…」


「絶対やだ!!」

 言い切る前に全力で拒否された。


「いや、これは大切なことでどうしても触らないといけないんだ。だから…」


「嫌ったら、イヤ!!」


 全力で「だが断る」な感じで断ってきた。



 ティコは不安そうな表情で言った。

「トーヤ普段から変だけど今日は何か特に変だよ。何があったの?…」


 ティコのその不安そうな表情で俺の高揚感は静まって行く。


 確かに女のにいきなり「触らせてくれ」は、変質者以外何者でもないな。


「ごめんティコ。そのちょっと新しい生活が不安で不審な行動を取ってしまった。もう大丈夫だよ」


 自分が憧れていた光景が目に広がっていた為、テンションを上げすぎたことを反省する。


 俺は調子に乗りすぎたことをティコに謝った。



 ティコも言い過ぎたという様な表情になり


「こっちこそごめんなさい。その、少しキツく言い過ぎたよ。君も故郷を離れて不安だったんだね」


 そう言って彼女は手を俺の方に向けてくる。


「仲直りの握手をしよ。それに触るってこれくらいでもいいのでしょ?」


 

 俺は笑顔で彼女の手を握手しようとしたが、彼女に対比して自分の手は大きすぎたので一番小さい右手の小指を出した。


 だが、彼女は俺の薬指を掴み握手の代わりとしてきた。



「えへへ~♪」


(うっ、カワイイ……)



 ゲームの立ち絵以上のクオリティの、その満面の笑顔で俺はドキッとしてしてしまった。


 まあ、気分屋の彼女の機嫌は良くなったみたいだから良しとしよう。


 彼女の手の温もりを感じ、俺は彼女は”生きている”存在だと俺は自覚し、言動には注意しようと思った。



 

 ティコと仲直りの握手?をしてから甲板で俺はティコに、早速ガネメモ恒例のお願いをすることにした。


「ティコ、俺のステータスを映し出してくれないか」


 そう、ティコに”便利妖精”などという渾名(本人に知れたら、またヘソ曲げられそうだが)の由来となった便利能力がいくつもある。


 その一つが、ステータス測定だ。


 これはティコが《解析》した対象の能力を数値化するものだ。敵に使う場合は《解析》を行うのに相手を無力化し、ゲーム中にも多少の時間がかかるのでどの敵にも使用することはおすすめ出来ないものだ。


 だが、通常のゲームプレイにおいては主人公や仲間の能力を元に成長の指針の助言もしてくれ、育成には欠かせない機能である。


 だが、俺の言葉にティコは眉をひそ


「ねえ…… 君はどうして、ボクがステータス測定が出来ることを知っているのかな?」


 せっかく機嫌が治ったのに彼女は俺に対し疑惑を持ったような表情をする。



(俺また何かやっちゃいましたか)



 そういえばゲームにおいて、ティコの便利妖精の能力を説明されるのは学園入学後のことだ。


 本来であれば俺は彼女の能力など何も知らないのである。


「いや~ 実はオラ転生者で、ティコちゃんのことは攻略済みでポッチの色までご存知なのです」

 そんなことを言おうものなら、何処の世界でも共通的な意味合いで異常者決定であろう。


 それ以上に多分ティコに殺される。



(よし!ならば、ここは長年の営業経験を活かして、クライアントや取引先との経験とらぶるで培われた交渉術を使う時だ!)



 俺はまいった、まいったの様なジャスチャーをし


「何かの書物で妖精は対象の能力を測定する力があるって、記載があったのだけど…… まさか、ティコさんほどの大妖精さまがその程度のことを出来ないとかおっしゃるのですか~」


 俺は煽るように言った。


 

 案の定、ティコはムッっと怒り

「な、何を言っているのよ。そんな余裕だよ!」


 そう言ってティコは俺の能力を数値化した幻像を表示した。


(いやーティコさん。ちょろいっす)


 やはりティコみたいな気分屋タイプは少し煽るのに限る。


 そうして俺は、今後のゲーム進行の為、自分のステータスボードを確認するのであった。

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