第22話 休日

 ハングリー・マン二個とスパークリングウォーターで幸せな満腹感を味わい、食事を終えた頃合いに湯を張り終えた風呂に入った小熊は、そのうち電話でも入れるかと思っていた礼子と、風呂の中に持ち込んだiPadで映したTV番組で思いがけず再会することとなった。


アジア一人旅をする女子ということで礼子が取材されていたが、よく見てみるとタイ一人旅ツアーというわけのわからない物に参加していて、番組もその旅行代理店がスポンサーになっている半宣伝番組。

 インタビュー映像ではバンコクをカブで走るという夢を叶えるため、高校時代バイトを重ね積み立てた金で参加したと、男から見ればノーメイクと勘違いしそうだが女の目で見ると入念なナチュラルメイクが施された礼子が、よそ行きの笑顔で答えている。見ている小熊は嘘つけ旅費は全部親頼みだろ、と横から頭を張り倒したい気分になった。


礼子は出発前に、アジア旅行ニワカがよく行くバンコクのカオサンは冒険の初歩で、最終的にはダカールの砂漠を横断し、今はもう別大陸に舞台を変えたダカールラリーの無念を叶えたいと言っていた。

 競技エントリー規則が緩かった時代には、ベスパやホンダのモトクロス原付が参加してリザルトを残しているが、カブはまだ記録に残っている参加実績が無い。

 とりあえず今の礼子は、旅費の足しになるギャラ稼ぎに余念がないらしい。

 何とも奇妙な気持ちで入浴を終えた小熊は寝室に入り、畳の香りのする和室仕立ての部屋に敷かれた真新しい布団に入り、快適な眠りについた。


 ラジオが流す旧い教会で録音したというソルフェジオ音楽で爽快に目覚めた翌朝。

どのメーカーの物を買っても同じ味のする日本の冷凍食品の形式に依らないアメリカ製冷凍ワンプレートディナーの余韻が、部屋と口中に残っている気がする。また贅沢したい気分になった時は、再びあの居心地悪いスーパーで高値を払ってもいい気分になるくらいの美味だった。添えられたデザートを除けば、の話だが。


 あのデザートは不味いというより、食べ方に困るというのが小熊の感想だった。レンジで熱く加熱されネバネバに軟化したムースやブラウニーを、食後のデザートといえば冷たい物という先入観のあった小熊は、どう受け入れていいのか迷った。もしかしてあのトレイをハサミで切り離し、デザートは解凍だけして冷たいままで食べたほうが美味かったのではないか、とりあえすもう一度あのハングリー・マンを買う理由が出来た、その時の自分が相応に羽振り良ければ、の話だが。


 四枚切りの食パンにバナナとピーナツバター。それから厚切りのベーコンをじっくり焼いた物を挟み、ベーコンから出た脂でホットサンドにした小熊は、それを愛好していた人物の名からエルヴィス・サンドと呼ばれている分厚いサンドウィッチと冷やしたトマト二個で朝食を済また。

、黒姫でも昨晩もそれなりに贅沢したのにハイカロリーな朝食を選んだのは、礼子がカオサンで毎日食べてると聞くバナナパンケーキの影響かもしれない。

デニム上下にライディングジャケットを身につける。女子高生が毎日同じ服じゃ見栄えしないが、これから行くところには高校の時と同じような姿で行きたくなる理由があった。


 仕事明けの翌日、大学の単位にはまだ充分な余裕が残っているので、今日は休日にすることを決めていたが、今日の予定を決めたのは夕べ風呂の中で受け取ったLINEのメッセージ

 自分がタブレットで礼子のことばかり見ているのをどこかで監視しているかのようなメッセージは、高校時代のカブ仲間、恵庭椎から。

 明日小熊の家の近隣にあるフットサルパークで試合があるので、見に来てほしい。


 特に断る理由も無く、緑山にある試合会場もフュージョンを飛ばせば十分かそこらなので、休日の昼間をフットサル見物で過ごすことにした。

 小熊は昨日の仕事を終えて以来、次の仕事やバイトは決まっていない。高校の時に比べ随分時間に余裕のある講義の予定しかすることは無く、サークルに関しても一応出入りしているところがあるが、好んで行きたがるような場所でも無い。

 何もない。道に迷ったような状態。道を聞くのはカーナビだけじゃない。

 椎と話せば、スマホのナビほどではないにせよ何かのヒントが得られるかもしれない。

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