第4話 豆腐ハンバーガー

 小熊が竹千代の許可を得ることもなく、黙って向かいの席に腰かけたタイミングに合わせるように。竹千代は視線だけでウェイトレスを呼んだ。

「同じものを」

 竹千代の瞳に魅了されたのか堕落させられたのか、プリントドレスに落ち着いたデザインのエプロン姿のウェイトレスは息を弾ませながら頷く。

「クォーターパウンダーを二つでいいかな? パンは全粒粉で、サイドメニューと飲み物は」

 小熊が頷いて了承を伝えると、ウェイトレスのほうに向きなおった竹千代は、彼女の眼球を通して脳の中身を見るような目で言った。

「君に任せるよ」


 頬を上気させたウェイトレスは竹千代の向かいに座ることを許されたらしき、小汚いライディングウェアの女をうさんくさげに見てから立ち去った。

 とりあえず一言も発しないのは礼節に欠けると思った小熊は、竹千代の前に置かれているバーガーの皿を指差して言った。

「それは?」 

 竹千代は白無地で肉厚の陶器で作られた皿を一回しする。店内を一瞥した時も、このバーガーが自慢の学食に、紙や発泡スチロールの皿に盛られた食べ物は出てこない。

「豆腐バーガーさ」


 竹千代は初対面の時も豆腐だけを主菜に麦飯を食べてきた気がする。そんなに毎日豆腐ばかり食べる日々の繰り返しに嫌気が差さないのかと思った。

 竹千代は小熊の気持ちを見透かしたように言う。

「豆腐は嫌いかい?」

 小熊は少し考えてから答えた。

「豆腐は、嫌いじゃない」

 豆腐バーガーと竹千代を交互に見ながら発した言葉の本意に、この女は気づいているんだろうかと小熊は思ったが、気づかない、あるいは気づかないふりをするような女なら最初からここには座っていない。


 間もなく豆腐バーガーが届いた。ドリンクは他に誰も頼む人間が居ないらしき健康茶と、アルファルファという主に馬のエサとして栽培されている植物のスプラウトサラダ。

 ウェイトレスは伝票を小熊の目の前、竹千代からはグラスで死角となる位置に置いて立ち去る。どうやらこのバーガー学食ではではスマイルが無料ではないらしい。

 バーガーを作ったのはウェイトレスとは別のキッチン担当者らしく、想像よりも美味で殺鼠剤も入っていない様子。

 小熊が今まで食べた豆腐ハンバーグはどんなに肉っぽくしようとしても、味付けだけ違うガンモドキにしか思えなかったが、これは下味もテリヤキ味っぽいソースの味も、食感も良好だった。

 肉や豆腐の出来損ないでもなく、豆腐ハンバーグという一つの独立した食材の味を追求したような食べ物で、次に来た時も頼もうかと思わせるものだった。


 日本やアメリカで過去に健康食として流行し、今はあまり食べている様を見かけないアルファルファも、カイワレやモヤシ等のスプラウト全般が好きな小熊にとっては悪くない味で、不意にこぼしても服が汚れないのもいい。

 健康茶は、まぁ健康になる代償だと思えば普通に飲めるものだった。

 小熊は自分のかぶりついているハンバーガー越しに、同じ物を手でちぎりながら楚々と口に運んでいる竹千代を眺めた。官能的な口元に一瞬視線を奪われそうになるが、彼女の素性や人格を思い出し自重した。


 小熊がこの大学に入学して間もなく係わることになった節約研究会、通称セッケンと呼ばれる謎のサークルと、その部長である竹千代。大学内外の不用品を拾い集めては売り飛ばすという活動を行っている彼女は、小熊にとって一人暮らしに必要な物が必要になった時のみ接触を試みるといった関係だが、得られた物が他にあるとすれば、人を見る目という奴だろう。

 不快な人間は早々に切り離さないといけないし、危険な人間とは近づくことすら避けなくてはならない。その二つの特性を併せもった好例が竹千代という女。


 さして会話が弾むことなく互いに食事を行う。小熊にしてみれば飯を食う時間というものはそのほうがいい。

 小熊は自分がこの女に何の価値を見いだしているのかを考えた。恐ろしく知恵が回り実行力に富み、小熊が思いつくようなことをいつも先に考えて、行っている女性。それゆえ、人間という互いの優越と劣等によってバランスを取っている不完全な集団の中では危うい。

 二個のクォーターパウンダーとアルファルファのサラダを食べきった小熊は、考えれば考えるほどどういう人間なのかわからなくなった竹千代に、自分が求めていることを素直に伝えた。

「金が欲しい」


 およそ若者のほとんどが共有し、今も他の席で喋る大学生たちから二~三秒に一回は聞こえて来るような言葉に、いつのまにかバーガーとサラダを食べ終えていた竹千代は微笑んだ。

 事態が自分の思う通りに進行していることに満足しているような笑顔。

 これだから竹千代は危険だ。

 こうだから小熊は竹千代の傍にいる。  

 

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