第3話 キャンパスライフ

 山梨で高校生をしたいた頃に比べ半分ほどの距離で勾配も緩い、カブのエンジンが暖まりきる前に到着してしまう通学路を走り、南大沢駅前の大学に到着した。

 駐輪場にカブを駐め、ワイヤーロックをかけた小熊は、自分のカブを眺めた。

 通学は自転車にしたほうが健康にいいのかもしれない。環境とやらにも良いに違いない。


 スーパーカブがモデルチェンジのたびに環境対策でパワーを落とし、燃費や車体寿命を悪化させた経緯を知る身としては、自然環境への配慮などバイクの敵だと思っていたが、大学生になると意識も変わる。

 あまり世の中から後ろ指差されるようなことをしてはいけない。特に生活基盤が脆弱な現在の暮らしでは、何かあった時にざまあみろとかそら見たことかと言われないほうがいい。

 なんだか今朝は愉快でない考え事が多いなと思いながら、講義が行われる教室へと向かった。


 朝のルーティンと通学以上に創意に乏しい数時間の講義を受けた後、小熊は大学構内の食堂へと向かった。

 退屈な一般教養の講義を受けている間、つまらない考え事の正体が少し見えてきた気がする。

 東京での大学生活が始まった少し後、とりあえず不自由の無い暮らしの中で、孤独を感じたこともあった。

 あれは生活が落ち着き、退屈になってきた頃だった。今日は暇といった退屈ではなく、これからも同じような時間が繰り返されるという未来が見えてきたと同時に、副作用のように沸いてきた感情。

 今の自分には何らかの変化が必要だ。そうでないと孤独などという暇人のくだらない悩みに押しつぶされる。

 何もかも捨てて旅にでも出るというのは、今の自分には敷居が高いと思った小熊は、とりあえず出来ることから、と思い、普段よく昼食の時間を過ごす共済食堂とは反対の方向に歩き出した。


 昼休みの店内はやや混雑していた。

 市の幹線道路となっている大学前の道路より落ち着いた雰囲気の裏通りに面した学食。

 大学の人間からはカフェとかバーガー屋と呼ばれるカフェテリア学食は、壁と床にホワイトパインの無垢材が貼られた暖かみのある店内だった。

 セルフではなく店員が注文を取りに来るスタイルなので、小熊は店内を見回して空席を探した。

 カウンターも四人掛けのテーブルも満席。仕方ないのでテイクアウトで何か買い、駐輪場で食べようかと思った。高校の時と同じように、何の代り映えも無く。

 あるいは、小熊は一つだけあった空席を見ないふりしていたのかもしれない。

「やあ」

 店の奥に並ぶ二人掛けのテーブル。通称カップル席と呼ばれる卓の一つに、法学部の竹千代が座っていた。


 大学入学以来、小熊の主観では悪い意味での変化、危険な変容をもたらす、この大学で唯一係わりたくないと思った女。

 踵を返して店を出ようかと思った小熊は、結局店の最奥で壁を背にして座る竹千代のテーブルに向かった。

 今はさしあたって変化の無い日々という危険から逃げなくてはならない。

 あのイヤな女と一緒に居る限り、退屈とは無縁だろう。

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