第39話 エミリ救出作戦―⑥
<エレン>
「あなたたちの計画とは、この世界の人々を救うものではなく、自分たちだけが人間界に逃げること。違いますか?」
エレンがそう締めくくると、今まで黙って聞いていた室長が立ち上がった。わざとらしい笑みを浮かべ、エレンに拍手を送る。
「大したものだ。ほぼ正解と言ってもいい。丸をあげよう」
「それは嬉しい。花丸はもらえないんですか?」
おどけてみるが、内心では緊張が顔に出ていないか、不安で仕方がない。もう話を終えてしまったけど、時間稼ぎの役目は果たせただろうか。
部屋を取り囲む兵士たちは微動だにせず、今もエレンを見つめている。
「花丸はあげられない。重大なミスがあるからな」
最後の拍手が、パンと乾いた音で部屋に響いた。何かの合図か、と身構える前に、気が付くと体ごと吹き飛ばされていた。
一瞬のうちに体を壁に叩きつけられ、そのままずるりと床に落ちる。全身に痺れるような痛みが走っていて、額に手を当てるとべったりと赤い血が付いた。本棚の角に頭をぶつけた拍子に切れたのだろう。思わず顔をしかめる。
「痛っ……」
「考えが甘いんだよ。大人の世界のことが分かったような気になってしまったのかな? これを私に言ったらどうなるかまで頭が回らなかったんだろうね」
兵士を従え、室長は悠々とこちらへ歩いてくる。とても楽しそうな表情だ。
「どうせ私の部屋から手紙を盗んだのも君の仕業だろう。そんなところだろうとは思っていたが、まさか自白してくれるとは。手間が省けて助かったよ」
立ち上がって逃げようかとも思ったが、落ちた拍子に足首を捻ったような気がする。逃げたところですぐに追いつかれるだろう。僅か一撃食らっただけで窮地に追い込まれている自分に呆れてしまう。これがメアや陽翔だったら、もう少し健闘できたのかもしれないけど。
「若くして研究員になる知識はあるかもしれないが、やって良いことと悪いことを教えてもらえなかったとは可哀想だ。その粗末な頭のせいで君が何をしてしまったか分かるかね? 国家反逆罪だ」
兵士が剣を差し出すと、室長は乱暴にそれを掴んだ。構えはたどたどしいが、それでも間近に向けられる剣というのは、素人感を拭い去るだけでない迫力があった。
「お前はこの説を振りかざして女王様に逆らおうとしたのだろう。我らが女王様はこの魔素の氾濫を乗り越えるべく、力を尽くしていらっしゃるというのに……。盗みを働き嘘を言いふらして女王様を貶めようとしたお前の行いは、万死に値する!」
これはまずい、と白く光る剣先を見つめながら考える。室長とは知り合いだったからもう少し話し合いの余地があると思っていたけど、全然そんなことはなかった。それどころか、相手は自分を嬉々として殺そうとしている。
室長が目を見開いて叫んだ。
「星雲団員の名において、私がこの反逆者を――」
「待て!!」
その時、部屋のドアが勢いよく開いた。部屋の外で聞き耳を立てていた研究員たちが部屋に駆け込んできて、室長を睨みつける。
「エレンの話は本当なのか!? 俺たちを置いて、なんちゃら団だけで魔素のない世界に行くって……」
副室長が、半ば信じられないといった様子で頭を振った。しかし室長はフンと鼻で笑う。
「お前たちも愚かだな。大人しくこの場を去っていたならば見逃してやろうと思っていたのに。お前たちは苦楽を共にしてきた仲間なのだから」
微塵も思っていなさそうな台詞を吐いている。その態度でエレンの話が真実だと感じたのだろう、研究員たちが室長に詰め寄ろうとしたとき、
「動くな!」
突然、室長の声が部屋の中に響き渡った。剣を振りぬいた室長が、エレンの喉元に剣先を突きつける。
「動くな、余計なことを喋るな。私の言うことが守れないのならば、今この場でコイツを殺す!」
流石に命の危機を感じた。絶体絶命だ。パクレから預かった緊急脱出用の魔道具はあるものの、使ったことが無い上、この追い詰められた状況で役に立つのかどうか。
研究員たちは悔しそうな顔をしながらも動きを止めてくれている。すぐに兵士たちが取り囲み、室長を見た。
「それで、ここからどうなさるのですか」
「そうだなあ。どちらにせよこのガキは殺すとして、研究員まで皆殺しにするのは流石の私でも気が引ける。せっかくの知識を闇に葬ることにもなるし、ひとまずは牢にでもぶち込んでおくか」
悲鳴のような声が研究員たちから上がる。しかし、と兵士が続けた。
「城の牢は既に収容できる人数を超えています。また、牢でこのことについて言いふらされればどんな暴動が起きるかわかりません」
「なるほど。確かに余計な騒ぎを起こしたくはないな。…………そうだ」
一瞬考え込んだ室長が、いかにも良い考えを思いついたといった表情で顔を上げた。人の喉元に剣を突きつけていることも忘れていそうな晴れやかな顔だ。
「地下に連れて行くのはどうだろうか。あそこは警備も厳重な上、見張りを除けば三人しかいないらしい。うってつけの場所じゃないか」
「地下!? しかしあそこには……」
室長の案に、今まで無表情を貫いていた兵士たちが初めて動揺した。エレンもはっと目を見開く。
牢とは別にある『地下』。そんな場所があることは初めて知った。ロジクルさんも知らなかったことだ。さらに三人しか捕らえられていないのに警備は厳重。
――まさか、エミリさんの家族はそこに?
「なんだ? 私の案に文句があるのか? 星雲団員である私ならば、地下に連れて行っても誰も文句は言うまいな?」
「で、ですが……あぁ……」
それ以外考えられない。メアとロジクルがエミリの家族の救出に向かうことになっているが、二人はエミリの家族が普通の牢屋にいると思って行動している。すれ違いになってしまえば、エミリの家族を助けることは難しいだろう。
――このことを知っているのは僕しかいない。
どうする? 普通に殺されかけている大ピンチの自分に、何が出来る?
必死で頭を働かせていると、兵士との話を終えた室長がエレンへ視線を戻した。
「さて、後はコイツを片付けるだけだ。言い残したことはないか? まあ言い残したところで無駄だが……」
「……はい。一つだけ、大事なことを言い忘れていました」
エレンはゆっくりと口を開いた。緊張で強張りそうな顔を、無理やり笑みの形に歪める。
「外で暴れているのは、実は僕の仲間なんです。今も音が聞こえているでしょう? それで、僕が死んだら城に爆弾を打ち込む手はずになっています」
「……はあ? なんだ、今更惨めな命乞いか?」
室長が鼻で笑う。その通りだ。これは命乞い以外の他でもない。とにかく今は生き残ることだけを考えなければ。エレンは指先で自分のピアスを摘まむ。
「本当ですよ。このピアスは魔道具で、僕が死んだら向こうに伝えてくれるんです。爆弾が投げ込まれれば、この城も無事じゃ済まないでしょうね」
「爆弾ごときでこの城はどうにもならんよ。何重にも魔法がかけられているんだから――」
「絶対に無事? 兵士たちがまだ僕の仲間を鎮圧できていないのに、すごい自信だ。では試してみましょうか」
エレンは一つ息を吐きだすと、自分に向けられた剣を掴んだ。室長は驚いたように、剣を引き抜こうとする。刃が肉に食い込んで血がしたたり落ちる。痛い。でもここで退くわけにはいかない。ただの嘘に信憑性を持たせるためには、手段なんて選んでいられないのだから。
「え、おい、何しようとしてるんだ!?」
「やめなさい、エレン君!」
研究員たちの声が聞こえる。エレンは刃を握る手に力を入れると、自分の喉に突き刺そうと引き寄せた。そのとき、
ガシャン!
上の階から、何か大きな物音が聞こえてきた。部屋にいた全員――エレンも手を止めて天井を見上げた。すぐに兵士の一人が「大変です」と張り詰めた声で言う。
「侵入者を発見したそうです。私達もすぐに侵入者を探すようにと連絡がありました」
「研究員たちを地下に連れて行くのなら、その子供もとりあえずそっちへ連れて行けばいいんじゃないでしょうか。殺すのは外の連中を鎮圧してからでもいいでしょう」
「…………わかった。そうしよう」
室長は忌々しそうに顔を歪めると、剣から手を離した。「立て」とエレンを見下ろす。
「侵入者とやらもお前の仲間か? 後で絶対に殺してやる」
エレンは大きく息を吐きだすと、壁に手をついて立ち上がった。良かった。ギリギリ賭けに勝った。捻った右足首が痛むが、手のひらの痛みに比べたら大したことはない。両手の平はざっくりと切れ、手をついた壁には赤黒い手形が残っていた。痛みに呻きながらも、青色のピアスにそっと触れる。
生死を伝える機能こそないが、このピアスがあれば妹に居場所を伝えることが出来る。エレンが地下のことを伝えられる唯一の手段だ。
今、陽翔たちがどうなっているかはわからない。見つかった以上大変なことにはなっているんだろうが、それを心配するのも無駄なように感じた。今の自分に出来るのは、ただ仲間を信じることだけだ。
――メア、気づいてくれよ。僕は一足先に向かってるから。
そう念じて、エレンは『地下』へ向かって一歩を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます