第5話 元時計屋の主人
家に帰り居間に入ると、すぐに「遅い!」と怒声が飛んできた。もちろん、声の主はメアだ。メアは俺の正面に立ち、腰に手を当てている。
「どうしてこんなに遅かったの? お腹空いちゃったんだけど!」
「ごめんごめん。手伝いがちょっと長引いたんだよ。先食べててくれても良かったのに」
「メア、座れって。陽翔は遊んできたわけじゃなくて、ちゃんと仕事してたんだからさ。お疲れ様、陽翔」
メアとは対照的に、エレンが穏やかに微笑んでねぎらってくれる。エレンの心のあったかさが身に染みるよな、ホント。
俺は椅子に座り、テーブルに並んだ料理の数々を見る。今日は鶏肉がメイン料理らしい。美味しそうだ。
「お待たせ。じゃ、いただきまーす」
俺は手を合わせると、すぐに肉に噛みついた。気が付かなかったけど、めちゃくちゃお腹が空いていたみたいだ。
「ん、うま。エレンってマジで料理上手いよな。尊敬するよ」
「ありがと。陽翔も器用だから、すぐに上達すると思うよ」
「ちょっと、その鳥狩ってきたのアタシなんだけど」
俺がエレンを褒めると、メアがすぐにむくれた。「ありがとうございますメアさん」とお礼を言って、また肉にかぶりつく。皮がパリッと軽快な音を立てた。
この家の食においては、エレンが料理、メアが食材調達を担当している。
俺も出来ることは手伝いたいんだけど、いつもエレンに「陽翔はいいんだよ」と言われてしまう。やっぱり『客人』扱いから抜け切れなくて、申し訳ない気持ちだ。
ちなみに、メアはこう見えて――いや、普段から攻撃的だから違和感ないかもしれないけど――魔法が得意だ。その魔法の腕前を活かして、毎日森に狩りに出かけている。俺と出会った時も、狩りの途中だったらしい。
少し経ってから、メアが思い出したように聞いてきた。
「そういえば、今日はどこで働いてたの?」
「芋のおっちゃんと、時計屋のガッシュさんのとこ。掃除してきた」
「ガッシュさん? 元気だった?」
思いの外食いついてきたのはエレンだ。その食いつきに困惑しながら、「まあ、元気だよ」と答える。精神面は少し不健康かもしれないけど、あの年であそこまで動けたら元気だと言ってもいいだろう。
「すごい食いつくけど、なんか気になることでもあった?」
「いや、ここ一、二年ガッシュさんの姿を全然見てなかったから。元気そうなら良かった」
エレンはスープをすくって口に運ぶ。
「一、二年ってそんなに? そんなに大きな村じゃないから、たまには見かけたりするもんじゃないのか」
「ほとんどはそうよ。見かけない人なんていないし、噂でどんな様子なのかもすぐ回ってくる。ガッシュさんのところも、奥さんが亡くなるまではそうだった」
メアが答えた。奥さんが亡くなるまでは。一人きりのあの家を思い出す。
「奥さん、亡くなってたんだ」
「もともと体が弱っていたそうだよ。村でも仲が良くて有名な夫婦だった。でも奥さんのマーサさんが亡くなってからは、ガッシュさんは外に出なくなっちゃったんだ。ガッシュさんはそんなに口数が多い方じゃなかったから、村のみんなも踏み込んでいいものなのか迷っててね」
僕もその一人、とエレンは呟いた。分厚い埃が積もったあの家は、もしかしたら奥さんが亡くなってからずっと掃除されていないのかもしれない。ガッシュさん一人きりで、ずっと時計を見つめながらこの二年を過ごしていたのかもしれない。それは、少し寂しい。
俺がガッシュさんのことを考えていると、エレンが小さく笑った。
「だから、ガッシュさんの様子を聞けてほっとしたよ。一人で魔素で苦しんでるなんてことがなくて良かった」
「ああ、うん……」
俺は曖昧に頷いた。所詮俺は便利屋。村の人たちにとっては突然現れた余所者でしかない上に、俺の本来の目的はエミリを探すことで、何でも屋は全然本職じゃない。
でも、何か俺に出来ることはないだろうか。
翌日も、俺はガッシュさんの家に向かった。今日は午前中からの作業だったから、日が暮れるまでには家の中がかなり綺麗になった。こんなに早く掃除が終わったのは、ちょっと魔法の力を借りたからでもある。魔法ってすごい。
俺は掃除の最中、ずっとガッシュさんに話しかけていた。時計の針が進む音に声を重ねて、静寂をかき消すように。
「ガッシュさん、昔は城下町でお店やってたんですよね? 城下町ってどんな感じなんですか」
「……栄えてるな。あと金持ちが多い」
「魔道具と時計とか高そうなもの売ってたら、金持ちばっか集まりますって。俺近いうちに城下町に行くんで、城下町の情報が欲しくって」
「そんなに大したことは教えられないが……」
初めの方はぽつぽつと答えるだけだったガッシュさんも、話しているうちにだんだん口数が増えてきた。お昼ご飯を一緒に食べたのが良かったのかな。窓を拭いている頃には、かなり和やかに会話が出来るようになった。
「お前、なかなか手際が良いな。よく掃除の手伝いをしてたのか」
「手伝いっていうか、活動の一環みたいな感じですね。俺の所属してた部活、すっげぇ厳しくて雑用もやらされてたので」
中学時代に、陸上部の顧問から叩き込まれた掃除術が今になって活かされた。あの時はふざけるなと思ってたけど、ありがとう。あなたの知識は異世界でも役立ってます。
「ブカツってのは、何をやるところなんだ」
「いろんなことやりますよ。スポーツだったり楽器だったり歌だったり美術だったり。学生が何人か集まって一つのことをやったら、それはもう部活です」
「はあ……。年寄りには若者の話は難しいな」
とまあ、こんな感じで、向こうから話を振ってくれるまでには仲良くなれたはずだ。窓を拭き終え、ほぼ掃除が完了したところで、俺はガッシュさんに手招きされた。
「こっちへ来い」
そこは、今まで立ち入らせてもらえなかった、小さな作業スペースのようなところだった。大きめの机の上にいろんな道具が散らばっていて、すぐ隣には引き出しの多い棚がある。
「これ、なんですか?」
「作業台だ。ここでよく時計の修理をしてる」
「修理も出来るんですか。あーでも確かに、これだけの数の時計があれば、不具合起こす時計もあるよなぁ」
「この村に来てからは、ほとんど修理しかしていないからな」
ガッシュさんはそう言って、引き出しの一つを開けた。その中には、歯車がびっしりと詰まっている。その隣の引き出しの中には、小さな装飾品だ。歯車も装飾品も細かくて、目がチカチカしてくる。
「俺、細かい作業とか全然出来ないんで尊敬します。すごいですね」
「そうでもない。人には得意不得意がある。俺は細かい作業は出来るが、他のことは出来ないからな」
ガッシュさんは困ったように笑った。何ともリアクションしづらい。視線を家の中に巡らせる。
「お前のおかげで家が綺麗になった。ありがとう」
ガッシュさんの笑顔を見て、俺もほっとして笑う。こっちも、この人と話しながらする掃除はなかなか楽しかった。
「また何かあったら呼んでください。いつでも飛んできますから」
「ああ。ありがとう」
持ってきた掃除道具たちを背負って、俺は綺麗になったガッシュさんの家を出た。振り返って見ても、うん、窓がピカピカだ。達成感がある。
そうして、満足しながら家へと歩いていると、
「陽翔くん!」
突然、誰かに呼び止められた。
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